6月26日、The Next Webが「Unconventional AI releases its first model, built on an oscillator architecture that could cut AI power use by 1000x」と題した記事を公開した。この記事では、AIの消費電力を最大1000分の1に削減できる可能性を持つオシレーターアーキテクチャ上で動作する初のAIモデル「Un-0」の公開について詳しく紹介されている。
ノイマン型から80年、アーキテクチャ自体を置き換える試み
AIデータセンターの電力需要が急増する中、米国の電力会社は2030年までに約1.5兆ドルのインフラ投資を計画している。この文脈で登場したのが、スタートアップUnconventional AIが発表した画像生成モデル「Un-0」だ。
Un-0が動くのは、現存するハードウェアではない。同社が開発中のオシレーターベースの新型コンピューターアーキテクチャをソフトウェアでシミュレートした環境上で動作する。それでも、同社の研究論文によればStable Diffusionのような既存の拡散モデルと同等の出力品質を示しているという。創業者のNaveen Raoは、このアーキテクチャが最終的に従来チップと比べて消費電力を1000分の1に削減できると主張している。
「トランジスタ×バイナリ演算」を捨てる
従来のコンピューターは、トランジスタが0と1のバイナリ演算を行うデジタルロジックで構成されている。Unconventionalのアプローチはこれを根本から捨て、結合リングオシレーター(coupled ring oscillators)をファブリックネットワーク上に配置し、オシレーターの物理現象そのものでデータをエンコード・処理するというものだ。
リングオシレーターとは、奇数段のNOTゲート(インバーター)をループ状に接続することで一定周波数の発振を生み出す回路素子である。複数のオシレーターを結合(カップリング)すると、互いの発振位相が引き込み合う「位相同期(phase locking)」と呼ばれる現象が生じる。Unconventionalのアーキテクチャはこの位相の揃い方・ずれ方そのものを情報の担体として使い、アナログ的な物理ダイナミクスで演算を行う。デジタル回路のように各クロックサイクルでスイッチングを繰り返さないため、スイッチング損失が大幅に低減できるというのが同社の主張だ。この種のアプローチはニューロモルフィックコンピューティングやアナログ機械学習の研究文脈とも近接しており、IBMやIntelが研究を続けてきた分野だが、大規模なAIワークロードへの適用を商業スタートアップが本格的に試みるのは珍しい。
このアーキテクチャは、現代のほぼ全コンピューターが採用している**フォン・ノイマン型のストアードプログラム方式**(命令とデータをメモリに格納し逐次処理する設計)を置き換えようとするものであり、同方式が支配的になってから約80年が経過している。
Raoが語った「_これは新種のコンピューターにとってのHello Worldだ_」という言葉が、現状の位置づけをよく表している。
創業者の実績が資金調達を支える
Naveen Raoのキャリアは、このプロジェクトに対する投資家の信頼を裏付ける。
- **Nervana Systems**を共同創業し、2016年にIntelが約4億ドルで買収
- **MosaicML**を創業し、2023年にDatabricksが約13億ドルで買収
- ブラウン大学で神経科学の博士号を取得、スタンフォード大学で電気工学を学ぶ
この経歴を背景に、2025年12月にはLightspeedおよびAndreessen Horowitzが主導し、Sequoia、Lux Capital、DCVC、Jeff Bezosも参加した4億7500万ドル(※1ドル=143円換算で約680億円)のシード調達を評価額45億ドルで実施。RaoはEじ自身も同条件で1000万ドルを投じている。
※本文中のタイトルで「約700億円」と表記される場合があるが、本記事では記事執筆時点のレートを参考に約680億円と表記している。レートによって数字は前後する。
課題:チップはまだ存在しない
1000分の1という数字はあくまで理論値であり、現時点で物理チップは存在しない。Un-0はシミュレーション上で動作しており、実ハードウェアで大規模推論を行えるようになるまでのタイムラインは示されていない。同社の従業員数は50名未満だ。
同社は近くフィジカルチップの回路図(スキーマティクス)を公開し、その後は推論スタック全体を自前で構築、最終的には自社チップによるコンピュートプロバイダーとして推論サービスを提供する計画を持つ。Raoは「プロンプトが入力され、推論結果が通常のネットワーク接続を通じて出力されるが、消費電力はわずかだ」と述べている。
Raoが訴えるのは「省エネ」ではなく「限界突破」
Raoの主張は、効率化の問題ではなくスケーリングの限界論だ。「_AIスケーリングが困難な理由はエネルギーにある。今後数年で電力が根本的な制約になる_」とTechCrunchに語っている。国際エネルギー機関(IEA)は、世界のデータセンター電力消費が2026年末までに1000テラワット時を超えると予測しており、その背景がこのプロジェクトの前提にある。
冷却技術や効率化ソフト、ハードウェアの漸進的改良に取り組むスタートアップが多い中、Unconventionalはコンピューティングスタックそのものを作り直そうとしている点で、他とは一線を画すアプローチだ。
Un-0の公開は、オシレーターベースのコンピューティングが実際のAI出力を生成できることを初めて具体的に示したものだ。1000分の1の効率改善を実現できるかどうかは、物理チップが完成して初めて検証できる問いである。
詳細はUnconventional AI releases its first model, built on an oscillator architecture that could cut AI power use by 1000xを参照していただきたい。




