9月11日、Anthropicが「Countering misuse of AI: September 2026 / Anthropic」と題した記事を公開した。2025年12月から2026年8月にかけてClaudeが悪用された事例と、Anthropicの脅威インテリジェンスチームによる対応の全容を詳報するもので、同社が2025年3月・8月・11月に続いて公開する第4弾のレポートにあたる。
8ヶ月間で確認された7つの悪用カテゴリ
Anthropicの脅威インテリジェンスチームは、2025年12月から2026年8月にかけて、脅威アクターがClaudeを悪用しようとした複数のオペレーションを検知・阻止した。
悪用が確認されたカテゴリは以下の7分野にわたる:
- サイバーオペレーション
- 監視オペレーション
- インフルエンス(影響工作)オペレーション
- 通常兵器の開発
- 生物兵器の悪用
- 詐欺・スキャム
- 不正ディスティレーション(後述)
今回の事例で使用されたモデルはClaude Haiku、Sonnet、Opusの各モデルであり、レポートによればこれら3系統のモデルが悪用の主な対象となった。不正ディスティレーションの1件についてはより上位のモデルクラスが関与したとされているが、7分野の大半においてはHaiku・Sonnet・Opus系が悪用の舞台となっており、高性能モデルだけが標的になるわけではないという点は注目に値する。
注目ケース:偽デートアプリと反体制派監視システム
レポートが例示する事例の中で、規模・手口ともに際立っているのが以下の2件だ。
偽デートアプリネットワークは、ユーザーを金銭的に搾取することを目的に構築されたサービス群である。いわゆる「ロマンス詐欺」をAIで自動化・スケールさせた構造とみられ、財務的動機を持つ犯罪グループによるものと分類されている。従来のロマンス詐欺は人手に頼る部分が大きく、オペレーターの数がスケールの上限となっていた。AIを介入させることでその制約を大幅に緩和できるという点で、被害拡大のリスクは従来より高い。
もう一方は、反体制派の特定・監視を目的とした監視システムだ。商業スパイウェアベンダーや国家関与が疑われるグループが関わっており、AIを人権侵害ツールとして転用した事例として深刻度が高い。民主化運動の参加者や活動家をターゲットとした監視インフラの構築にClaudeが利用されようとしたという事実は、AI安全保障における新たな次元の問題を提示している。
脅威アクターの内訳
今回のレポートで対象となった脅威アクターは多岐にわたる:
- 国家支援が疑われるグループ
- 財務的動機を持つ犯罪者
- 商業スパイウェアベンダー
- 国家プロパガンダ機関
- 政治的動機を持つ個人
特定の国家名や組織名はレポートの公開部分からは確認できないが、国家レベルのアクターが民間AIサービスへの侵入・悪用を継続的に試みているという事実をAnthropicは明示した。注目すべきは、これらが「高度な専門知識を持つ一部のハッカー」による孤立した試みではなく、組織的・継続的な活動として観察されているという点だ。脅威インテリジェンスの観点からは、行為者の多様性そのものが、AIの悪用が特定の攻撃者像に限定されない広範な問題であることを示している。
「不正ディスティレーション」とは何か
7つのカテゴリの中で最も馴染みが薄いのが「イリシット・ディスティレーション(illicit distillation)」だ。
ディスティレーション(知識蒸留)とは、大規模言語モデルの出力を教師データとして別のモデルを訓練する手法を指す。機械学習の研究や小型モデルの性能改善を目的として広く用いられる正規の技術だが、Anthropicの利用規約が明示的に禁じる形態での実行は「不正ディスティレーション」に該当する。上位モデルの出力を無断で収集・流用してクローンモデルを構築するといった行為がその典型例だ。今回のレポートでは、この不正ディスティレーションが1件報告されており、Anthropicはその詳細については限定的な開示にとどめている。
Anthropicの対応方針
同社はすべての事例について、以下の3段階の対応を取ったとしている:
- 活動の阻止
- 得た知見によるセーフガードの強化
- 当局および業界パートナーへの情報共有(適切な場合)
レポートの公開自体も、「サービスの悪用を開示する責任がある」という同社の透明性方針に基づくものだ。Anthropicは「モデルの能力が向上するにつれ、AI開発者と社会の防衛者が安全性強化に動かなければリスクは増大する」と警告しており、今回の公開は社外への啓発と業界全体への問題提起という二重の意味を持つ。
同業他社への示唆
Anthropicは本レポートの目的として、他のAI開発者が自社プラットフォームで類似パターンを認識できるようにすること、政府・市民社会に対して新興脅威の実態を示すこと、そして集合的な防衛力の強化を挙げている。
OpenAIも定期的に脅威レポートを公開しており、大手AIラボが脅威インテリジェンスを業界共有財として扱う流れは定着しつつある。攻撃者の手口が公開されることで防御側の知識ベースが底上げされるという考え方は、サイバーセキュリティ分野で長年実践されてきたものだ。Anthropicの継続的なレポート公開は、AIセキュリティの分野においてその文化を根付かせようとする試みとして位置付けられる。
詳細はCountering misuse of AI: September 2026 / Anthropicを参照していただきたい。




