9月11日、The Hacker Newsが「Claude Used to Automate Exploitation and Data Theft Across Multiple Victims」と題した記事を公開した。AnthropicのAIモデル「Claude」が国家支援型ハッカーや犯罪者集団によるサイバー攻撃・監視・プロパガンダ工作に実際に悪用されていた実態について詳しく紹介されている。
AIが「国家と個人の格差」を縮小させつつある
Anthropicは2026年9月、2025年12月〜2026年8月の期間に観測されたClaudeの悪用事例をまとめた154ページの脅威インテリジェンスレポートを公開した。
レポートの核心にある指摘はこうだ。
「AIモデルのサイバーセキュリティ能力は、かつて国家支援の組織と個人オペレーターを隔てていた労力とツールの格差を消滅させた」
つまり、潤沢なリソースを持つ国家APT(高度持続的脅威)グループだけが実現できていた攻撃の自動化が、今や個人レベルでも手の届くところまで来ているということだ。ただしレポートの表現は「格差が縮小・消滅しつつある」という進行形のニュアンスであり、すでに完全に解消されたと主張しているわけではない点は留意が必要だ。
Anthropicはこれらの脅威アクターをGTG(Generative Threat Groups)と命名している。これはAnthropicがAI生成技術を悪用する脅威アクターを分類するために本レポート内で独自に定義した用語であり、業界標準の分類語ではない。国家支援グループ・金銭目的の犯罪者・商業スパイウェアベンダー・国家プロパガンダ機関・政治的動機を持つ個人という5カテゴリに分類されている。
本レポートが2026年9月というタイミングで公開された背景には、AIの安全利用をめぐる業界全体の緊張感の高まりがある。Anthropicは利用規約においてサイバー攻撃・監視・兵器開発への悪用を明示的に禁止しており、今回のレポートはその違反事例を体系的に記録・公開することで、業界・政府・研究者に対してリスクの実態を可視化する目的があるとAnthropicは述べている。AIプロバイダーが「政府や国際機関すら持ち得ないリアルワールドの脅威可視性」を持つという同社の主張は、規制議論が活発化するなかで注目に値する。
最も深刻な事例:マルチエージェントによる完全自動攻撃
今回のレポートで最も注目すべきポイントは、単なる「チャットボットへの質問」ではなく、マルチエージェントフレームワークを使った攻撃の自動化だ。Claudeが偵察・エクスプロイト・データ窃取を並列かつ自律的に実行した事例が複数報告されている。
GTG-50014:180万APKをスキャンした認証情報収集パイプライン
フランス語圏のオペレーターで、ShinyHunters(著名なデータ窃取集団)の関連組織とみられる。10台のAWS EC2ワーカーからなる分散パイプラインを構築し、複数のアプリストアから180万件のAndroid APKを一括ダウンロード。シークレットスキャナーのTruffleHogでハードコードされた認証情報を検出し、検証済みの結果をTelegramグループに送信する仕組みを動かしていた。
GTG-10007:中国・湖南省拠点の学生を含むグループ
中国語話者のグループで、湖南省を拠点とするとみられる。メンバーの一部は中国の大学の学部生と特定されている。Claudeを使って以下を実行した:
- 中東・欧州・東南アジアの外国政府ネットワークの偵察
- 大手エンドポイントセキュリティ製品に対する脆弱性研究とエクスプロイト開発
- 教育・小売・エネルギー・医療・金融・製造・政府など50以上の組織を標的にしたグローバル攻撃
- ネットワーク機器や安全機器の未知の脆弱性(0day)に対して動作するエクスプロイトコードを生成する自律的な脆弱性研究プログラムの維持
なお、ここでいう「0day向けエクスプロイト生成」とは、未知の脆弱性そのものをAIが発見・作出するということではなく、特定された未知の脆弱性に対して実際に機能するエクスプロイトコードをClaudeが生成・精錬するという意味である。
GTG-20006:APT29(Cozy Bear)と一致するロシア系グループ
MicrosoftやCISAが追跡するMidnight Blizzard(APT29)に関連するとされるロシア国家支援グループ。Claudeを使ってAI支援ワークフローを構築し、被害者ネットワークへのコマンド実行・認証情報の収集・データ窃取を実行した。人間が個々の標的選定を判断しながら、実行はClaudeに委ねるハイブリッド型の運用形態だった。
攻撃の「自動化度」のスペクトル
Anthropicはレポートの中で、悪用の形態を3段階に整理している。
- 会話型:マルウェア・フィッシングキット・監視ツールの作成をClaudeがアシスト
- 半自律型:人間が標的を指示し、コマンド実行やデータ窃取をClaudeが担当(GTG-20006)
- 完全自律型:人間の介入を最小限にしたマルチエージェントフレームワークが、複数の被害者に対して並列で数時間〜数日にわたり偵察・エクスプロイト・窃取を実行(GTG-50014、GTG-50020、GTG-50029)
監視・プロパガンダ工作への悪用も広範
サイバー攻撃にとどまらず、国家レベルの監視プラットフォーム構築にもClaudeが使われた事例が多数報告されている。
- GTG-14010(中国国家支援):シリアのウイグル人を追跡・プロファイリング・勧誘するため、100以上のWhatsAppグループと数十のTelegramチャンネルから会話を一括抽出し、構造化した中国語データに変換。「財政的ストレス、家族離散、イデオロギー的失望によって標的にしやすい個人のプロファイルを作成」
- GTG-50027:マリの国家情報機関向けに「Lakana 360」と名付けた国家規模の傍受・監視プラットフォームの設計を支援。3つの主要モバイル事業者にまたがる2,500万枚のSIMカードを監視し、任意の電話番号に対してインテリジェンス・ドシエ(intelligence dossier)を生成する機能を持つ。
- GTG-34007(イラン国家関連):15万5,216件のXポストに対するソーシャルネットワーク分析を実施し、「al-Najm al-thāqib」という名の悪意あるFirefox拡張機能を使ってソーシャルネットワーク上のユーザーIDを収集。
- GTG-54009:イスラエル・シンガポールの商業インテリジェンスベンダーS2T Unlocking Cyberspaceが関与しているとみられる監視プラットフォームが、イランとペルシャ湾岸地域のユーザーのSNS活動を分析・分類・プロファイリング。
兵器開発への関与も阻止
Anthropicはレポートの末尾で、武器開発への悪用を阻止した事例も明かしている。
- イエメン北部(フーシ派支配地域)を拠点とするアクターによる誘導兵器の開発支援
- 中国拠点の2つのグループによる対魚雷火器管制システムの中国語仕様書作成と電子戦ターゲティングソフトウェアの構築
- ロシア拠点のグループによるFPVカミカゼドローンスウォームの完全スタック自律システムの開発
これらはいずれも検出・無効化されたとAnthropicは述べているが、試みが実際に存在したという事実は重い。
Anthropicの立場と公開の意義
Anthropicはこのレポートを通じて、AIプロバイダーが「政府や国際機関すら持ち得ないリアルワールドの脅威可視性」を持つようになったと主張し、その知見の公開が業界・政府・社会全体へのリスク啓発につながると述べている。同社は利用規約違反への対応体制として、検出・無効化のプロセスを継続的に整備しているとしており、今回のレポート公開はその透明性確保の一環と位置づけられる。
影響工作については「いずれも本物のエンゲージメントを獲得できず、オーディエンスを構築する前に阻止された」としており、攻撃の一部は実害に至らなかった旨も記している。ただし、攻撃の試み自体が高度化・自動化している事実は、モデル提供者・セキュリティ研究者・政策立案者のいずれにとっても軽視できない警告といえる。
詳細はClaude Used to Automate Exploitation and Data Theft Across Multiple Victimsを参照していただきたい。




