10月20日、Anthropicが「How Claude designed protein binders against scorpion neurotoxins」と題した記事を公開した。64時間の自律動作で318,484個のタンパク質デザインを生成し、そのうち17個が実験的なバインダーとして認定された——Claudeを用いた創薬研究の取り組みとして、驚くべき数字が並ぶ。対象としたのは年間120万人以上が刺されるサソリ毒素で、医療インフラが乏しい地域の子どもたちを中心に3,250人超が毎年死亡している「顧みられない疾患」だ。
Claudeが64時間で318,484個のタンパク質を設計
Anthropicの内部研究チームは、金融調査会社Citrini Researchと共同で、Claudeに対して「スコーピオン神経毒に結合するミニバインダー(小型タンパク質)を設計せよ」というプロンプトを与えた。その後、わずか4回の追加指示を加えながら、Claude(Claude Scienceフレームワーク内で動作する内部研究モデル)は64時間にわたってほぼ自律的に動作し、318,484個のタンパク質デザインを生成。その中から180個を選出した。チームがさらに31個を追加し、計211個のデザインが実験的な検証に回された。
使用したGPU時間は約10,000時間に上る。これはスーパーコンピュータ換算で相当な規模だが、従来の創薬プロセスが数年単位の実験期間と膨大な人件費を要することを踏まえると、AIによる探索コストとしては現実的な水準と見ることができる。
実験検証はAdaptyv BioとTwist Bioscienceという2つの外部CRO(受託研究機関)が担当。211個中17個が「バインダー」の基準を満たした。単一毒素を標的にした60個のデザインのうち11個(18%)がバインダーと認定されており、この成功率は従来のタンパク質設計キャンペーンと同水準だという。
なぜスコーピオン毒素なのか
サソリは年間120万人以上を刺し、3,250人超が死亡している(大半は医療へのアクセスが限られた地域の子ども)。既存の抗毒素は馬を免疫化して抗体を精製するという数か月を要するプロセスで製造され、コストが高く供給も不安定だ。この問題は「顧みられない熱帯病(neglected tropical disease)」として研究者に指摘されている。
今回のターゲットは4カ国・地域の5種の神経毒素——メキシコ(Cn2)、ブラジル(Ts1)、北アフリカ(AaH I、AaH II)、中東(LqhIII)——で、いずれも神経細胞膜上のナトリウムチャネルに結合し、アドレナリン大量放出や心不全を引き起こすタイプのものだ。
de novo設計(既存分子を参考にせずゼロから設計する手法)によってこれらの毒素に結合するタンパク質を作れれば、毒素がナトリウムチャネルに到達するのをブロックできる可能性がある。この着想は、同様のアプローチでヘビ神経毒を中和するタンパク質を設計し、マウスを保護することに成功した先行研究に触発されたものだ。
最強バインダー「Cn2-B1」の意義
17個のバインダーのうち、特に注目されるのがCn2-B1とCn2-B2だ。これらはメキシコのサソリCentruroides noxiusが持つ神経毒素Cn2を標的とし、両ラボの計測でナノモル一桁台(KD)という強い結合親和性を示した。
さらに競合実験の結果、Cn2-B1とCn2-B2はマウスでCn2を中和することが報告されている抗体「LR」と同じエピトープ(結合部位)——Cn2がナトリウムチャネルに付着する部位——を競合することが示された。
とはいえAnthropicは慎重な立場を取っており、「細胞環境や生体内(マウス等)での中和能力はまだ確認していない」と明記している。抗毒素としての有効性を主張する段階ではないという。
マルチ毒素バインダーは失敗
今回の実験では、複数の毒素に同時に結合する「マルチ毒素バインダー」の設計も試みられた。単一の分子で複数の毒素に対応できれば、より汎用的な抗毒素カクテルが作れるためだ。5種の毒素は全体的な折り畳み構造を共有しているが、アミノ酸配列の同一性は**26〜62%**にとどまっており難易度は高い。
結果として、複数毒素を同時に標的にしたデザインはすべて基準を満たさなかった。Anthropicはその原因として、プロンプト設計の問題、利用可能な設計ツールの限界、あるいはマルチ毒素設計そのものの生物学的困難性など複数の可能性を挙げており、現時点では断言を避けている。この失敗は、AIによる設計が「どこでつまずくか」を実験的に示した点で、次世代の設計プロトコルや評価ベンチマークを構築するうえで重要な知見となる。プロンプト設計に起因する失敗であれば改善の余地は大きく、生物学的困難性に起因するならばツール側の限界として今後の研究課題になる——どちらの結論であっても、オープンなデータ公開はコミュニティ全体の前進に寄与する。
「バインダー設計はもはやボトルネックではない」
外部専門家の評価も記事中に掲載されている。スペイン国立がん研究センターのポスドク研究者Susana Vázquez Torresはこう述べている。
ほぼあらゆるターゲットに対してバインダーを設計することは、もはや非現実的ではない。非常に強力なバインダーを驚くほど素早く得られるようになり、結合そのものはもはや主なボトルネックではない。本当の課題は、これらのツールを使って安全で安価かつ広くアクセス可能な実際の薬を開発することだ。
デンマーク工科大学のTimothy P. Jenkins准教授も「商業的インセンティブの低さから革新が阻まれてきた顧みられない疾患において、AIがアジェンティックに広いターゲット空間に取り組めることは、発見を大幅に加速させる」と評価している。
データは公開済み
Anthropicは211個全デザインとその実験データをHugging Faceで公開している。技術レポート(PDF)も合わせて公開されており、設計手法や評価基準の詳細を確認できる。
なお今回の取り組みは、Anthropicが8月に発表した単一プロンプトによるタンパク質ミニバインダー設計の研究の延長線上にある。
詳細はHow Claude designed protein binders against scorpion neurotoxinsを参照していただきたい。




