10月31日、The Decoderが「A Claude model autonomously chose a gene therapy and operated on a mouse brain with no human decision-making」と題した記事を公開した。AIエージェントが治療法の選択からマウスの脳手術の実施までを主導した事例を報告している。不可逆的ステップでは認定獣医師の承認が介在したものの、治療法・ターゲット部位・座標といった医学的意思決定をAIが一貫して担った点が、これまでの自律型手術ロボットとは一線を画す。
AIが「治療法の選択」と「手術の実施」を同時にこなした
オックスフォード大学のPhD学生であり、Exin Therapeuticsの共同創業者兼CEOであるGabriel Ocana-Santero氏が、Xのスレッドで詳細を公開した。
与えられた条件は以下の通りだ。
- 19種類の遺伝子治療候補のリスト
- てんかん発作を誘発して治療効果を検証するマウスモデル
- カメラ付きのカスタム電動手術装置へのアクセス
- 唯一の指示:「マウスの発作を減らせ」
使用したモデルはClaude Sonnet 5。エージェントはこの条件下で、薬剤・脳内ターゲット領域・定位座標(ステレオタクティック座標)をすべて自律的に決定し、手術を実施した。
エージェントがどう判断したか
エージェントはまず、このてんかんモデル特有の発作メカニズムを分析した。次に、脳内の特定の抑制性シグナル伝達経路を強化する治療法を選択し、文献上そのタイプの発作の起点とされる脳構造をターゲットに設定した。
候補として挙がっていた別のターゲット領域については、「効果が不安定であり、対象とする発作タイプに対して1つの研究で失敗している」と詳細な理由を示して却下している。
注射座標は3本の科学論文から導出し、基準点をクロスチェックしたうえで平均値を算出。注射量・速度・待機時間もすべてエージェント自身が設定した。
手術中はカメラで術野を監視し、32回の観察を記録。注射の進行状況を追跡し、出血の有無を報告した。
安全装置がむしろ「足を引っ張った」
手術には安全策が設けられていた。認定獣医師がすべての不可逆的ステップを承認し、物理的な緊急停止ボタンを保持。注射量の上限など固定制約も設け、エージェントによるバイパスは明示的に禁止されていた。
ところが、手術の途中で接続が切断されるトラブルが発生した。その復旧時に行った手動調整が制御システムのずれを引き起こした。接続回復後、エージェントは「計算したターゲット位置がデバイスの物理的可動範囲外にある」と判断し、手術の続行を拒否した。再キャリブレーションを試みても、3回目の試行まで判断は変わらなかった。
結果的にエージェントの判断は正しかった。手動調整に起因する制御システムのずれを、エージェントが正確に検出していたのだ。Ocana-Santero氏は麻酔下のマウスが手術台にいる状況でエージェントを説得できず、最終的にコードを手動で修正するしかなかった。
「フラストレーティングな経験だったが、私たちがこれらのモデルにどれほど依存するようになるか、そして時間的に切迫した手術の最中に突然『ノー』と言われたとき何が起きるかを如実に示していた」——Ocana-Santero氏
モデルによって「やる」「やらない」が分かれた
モデルの選択自体がAIの安全性設計の難しさを体現している。より高性能なClaude Opus 5.5およびOpus 5はいずれも手術を拒否した。Opus 5は「完了を保証できない。麻酔下の動物の脳に針を刺したまま途中停止することは、最初からやらないよりも悪い」と述べ、拒否の理由を説明している。
実際に最初から最後まで手術を完遂したのはSonnet 5のみだった。
「治療法の選択」と「実施」の両方をAIが担った初の事例
自律型手術ロボット自体は既に存在する。ただしそれらはすべて、人間が手術方針を決定し、ロボットが実行するという役割分担を前提としていた。
今回の事例では、エージェントが治療法の選択・脳内ターゲットの決定・実際の処置の実施を一貫して担った。Ocana-Santero氏は「AIエージェントが治療法と脳ターゲットを自ら選択し、生きた哺乳類に投与した事例は、これまで把握していない」と述べている。
同氏はこのアプローチを「in vivo lab in the loop」と呼ぶ。AIエージェントを実験室の実験能力に完全接続する構想で、AnthropicがMCP(Model Context Protocol)のハードウェア版として取り組む「Model Hardware Standard」とも方向性が重なる。
マウスは手術後に良好に回復したとのことだ。技術レポートは今後公開予定で、現時点では査読は経ていない。
詳細はA Claude model autonomously chose a gene therapy and operated on a mouse brain with no human decision-makingを参照していただきたい。




