6月27日、Gary Marcusが「The month Generative AI lost its mojo」と題した記事を公開した。2026年6月に生成AIを取り巻く複数の逆風が重なり、業界の勢いに陰りが見え始めたとするMarcusの論考だ。強気一辺倒だったAI業界の空気が変わりつつある——そう主張するMarcusの分析を、以下に紹介する。
なお、Gary Marcusはニューヨーク大学名誉教授で認知科学・言語学を専門とし、長年にわたり現在のLLMアプローチの限界を一貫して指摘してきた人物だ。AI楽観論者からは「懐疑論に偏りすぎている」との批判も受ける一方、業界の過剰な期待に対する牽制役として一定の信頼を得ている。読者はその立場と主張の背景を念頭に置きながら、この論考を読むことが望ましい。
OpenAIのIPO延期が象徴するもの
最大のトピックはOpenAIのIPO延期だ。ニューヨーク・タイムズの報道によれば、OpenAIは上場を来年以降に先送りする方向で検討している。
その背景として、2つの情報が流れている。一つは「Sam Altmanが1兆ドル規模の評価額を主張したものの、アドバイザーから個人投資家はそれを受け入れないと警告された」というもの。もう一つはSpaceXのIPOが盛り上がっていないことをAltmanが懸念しているという観測だ。タイムズの報道には「OpenAIのアドバイザーが、自社株への個人投資家の関心が薄いと警告した」という記述もある。
Marcusはかねてから「OpenAIはAI版のWeWork(※ソフトバンクの巨額投資を受けながらIPOが崩壊した不動産スタートアップ)になりうる」と指摘し続けてきた。今回のIPO延期をもって、その見立てが現実味を帯びてきたと主張している。
AI関連銘柄の下落
株式市場でも変化が起きている。直近1ヶ月の主要銘柄の騰落率は以下の通り:
- Nvidia:約-8%
- Microsoft:約-10%
- SoftBank:約-12%
- Oracle:約-22%
- Cerebras(チップ企業):約-32%
- CoreWeave:約-4%
SpaceXは「AIプレイ」として売り出されていたが、週次で**-11.74%**。さらに250億ドル規模の社債売却が異例の損失を出しており、含み損は3億ドルを超えているとBloombergが報じている。
「トークンマキシング」の終焉
記事の核心にある概念が「tokenmaxxing(トークンマキシング)」の衰退だ。これはLLMに大量のトークンを消費させることで推論精度を上げる手法(いわゆるChain-of-Thoughtや長文コンテキスト活用)を指し、OpenAIやAnthropicの収益を押し上げてきた主因の一つだった。
Polymarket(※AIや政治などのテーマを扱う予測市場プラットフォーム)は「企業がAIのtokenmaxxingから効率化へシフトしつつあり、OpenAIとAnthropicの爆発的成長を脅かしている」と発信している。
Anthropicについては、「初の黒字四半期になるかもしれない」との観測をWSJが報じたが、Marcusはこれを楽観視しすぎと反論する。Ed Elsonの分析によれば、Anthropicでさえ営業損失は110億ドル規模に達しているという。
Noah Smithとのバトル:「バブルか否か」
AI楽観派のNoah Smithは、Azeem Azharらのレポートを引用して「収益が明確に増加しており、バブル論は崩れつつある」と主張。これに対しMarcusは次のように反論した:
「収益増加のチャートは、tokenmaxxing衰退前のもの。膨大なコスト・不採算性・オープンソースモデルの脅威・価格競争などを無視している。@noahopinionの結論は早計だ」
Smithはそれに対しAnthropicの黒字化観測で応じたが、Marcusは「その四半期はtokenmaxxingがピークだった時期であり、中国モデルの台頭前。しかもSpaceXからの一時的な補助金が含まれており、それが利益額を上回る可能性もある」と指摘する。
中国モデルの台頭と米国の政策混乱
OpenRouter(※多数のLLMを横断して利用できるAPIルーティングサービス)のデータとして引用されているBloombergの報告では、「米国モデルが使われるトークンのシェアが急落している」とある。LLMがコモディティ化し、中国製モデルへの移行が進んでいるという見立てだ。
政策面でも混乱がある。米政府はGPT-5.6のロールアウトをセキュリティ上の懸念から段階的に制限し、ユーザーごとに政府が承認する異例の対応を要請。これに対しAI政策研究者のZvi Mowshowitzは「ホワイトハウスがアドホックに誰がフロンティアインテリジェンスにアクセスできるかを決める構造は最悪だ」とXに投稿した。CNBCのDeirdre Bosaはさらにこう書いている。「Washingtonは中国AIのために、北京以上のことをしている」と批判した。
医療AIへの懐疑も広がる
医療AIの著名な推進者であるEric Topolも懐疑的な見解を示す投稿をしている。またCRISPR技術の発明者でノーベル賞受賞者のJennifer Doudnaは「イノベーションはまだ人間の領域にある。チャットボットが全く新しいアイデアを出しているとは見えない」と述べた。
Marcusの主張の核心
MarcusはFT(フィナンシャル・タイムズ)にも同日寄稿しており、「ハイパースケーリング(計算資源の爆発的拡大)は歴史上最大級の財務的失策の一つになりうる」という見解を示している。
収益は確かに伸びている。しかし採算が取れているかは別問題であり、それが持続可能かどうかはさらに別の問題だ——これがMarcusの一貫した論点である。繰り返しになるが、Marcusは現行のLLMアプローチに懐疑的な立場を長年維持しており、本稿の論考もその文脈で読む必要がある。業界全体の評価としてではなく、一つの批判的視点として参照されたい。
詳細はThe month Generative AI lost its mojoを参照していただきたい。




