7月30日、Ars Technicaが「Anthropic is finding bugs faster than Microsoft can fix them」と題した記事を公開した。AnthropicのAIツール「Mythos」がMicrosoftのコードベースから脆弱性を発見するスピードが、Microsoftの修正対応能力をすでに上回っているという衝撃的な実態が、2026年5月の社内プレゼンテーション資料から明らかになった。防御側が使うAIが防御側の組織能力の限界を露わにするという逆説的な状況であり、同等ツールが攻撃者の手に渡る前に何ができるかが問われている。
パッチが追いつかない
AnthropicはMicrosoftと協力し、AIツール「Mythos」を用いてMicrosoftのソフトウェアに潜む脆弱性を探索している。しかしその発見ペースが、Microsoft側の修正能力を超えてしまっているという。
この事実は、2026年5月にMicrosoft社内で行われたプレゼンテーションの資料から明らかになった。Ars TechnicaはProPublicaの調査報道を引用・参照する形でこの内容を伝えている。ProPublicaは流出した社内スライドや元社員への取材をもとに報道しており、Ars Technicaはその内容をセキュリティの観点から掘り下げて伝えた。
なお、AIを用いた脆弱性発見ツールはここ数年で急速に整備が進んでいる分野であり、Anthropicに限らず複数のAI企業・セキュリティ企業がコード解析への応用を進めている。Mythosはその中でも企業間の正式な協力関係のもとで防御目的に運用されているツールとして位置づけられる。
Microsoft Security Response Centerの慢性的な人員不足
Microsoftには脆弱性報告を受け付ける専門部署「Microsoft Security Response Center(MSRC)」が存在する。MSRCは外部研究者や内部チームからの報告を受け付け、深刻度の評価・修正の優先付け・パッチリリースの調整を担う組織だ。しかしProPublicaの報道によれば、MSRCは長年にわたって人員不足の状態にある。AIによる脆弱性発見が本格化する以前から、月に数百件から数千件の報告をさばいており、すでにキャパシティの限界に達していたという。
その背景にあるのはMicrosoftの企業哲学だ。元社員たちの証言によれば、「セキュリティパッチの適用はコストセンター、新製品の開発はプロフィットセンター」という考え方が根底にある。優秀なエンジニアを利益を生まないパッチ作業に充てることを、同社は好まないとされる。この構造的な問題は、2023年にMicrosoftが米政府機関のメールシステムへの不正アクセスを許した際にも批判の文脈で指摘されており、セキュリティ投資の優先度に関する議論は業界全体でも繰り返し起きてきた経緯がある。
Microsoftはこの点についてProPublicaに対し、内部の人員配置に関するコメントは差し控えるとしながらも、「顧客のセキュリティ確保に向けてチームを集中させるための投資を行ってきた」と述べた。
Mythosの位置づけと「公開モデルが追いつく前に」という焦り
5月の社内プレゼンテーションの資料によれば、AnthropicはMicrosoftの約50名のフルタイム従業員にMythosへのアクセスを提供した。その目的は「公開されているモデルが追いつく前に、重要なサービスを堅牢化する」ことだとスライドに記載されている。
「次のステップ」と題されたスライドでは、公開ツールがMythosに追いつくにつれて、MSRCへの報告件数はさらに増加し続けると予測されている。つまり、今後は外部の攻撃者も同等の能力を持つAIを手にする可能性があるという前提で動いていることになる。
Anthropicはセキュリティ研究への取り組みを同社の中核的な使命と位置づけており、AIの安全性と社会への影響に関する研究を継続的に発表している。Mythosのような取り組みは「AIを安全に社会実装する」という文脈における実践的な試みの一つとも言えるが、今回の件はその取り組み自体が新たなキャパシティ問題を引き起こしているという皮肉な側面を持つ。
「ソースコードは漏れている」
このプレゼンテーションで印象的な場面があった。あるスタッフが「攻撃者はソースコードを持っていないから大丈夫だ」と発言したところ、同僚たちに即座に否定されたのだ。
「今週のソースコードではないかもしれない。でも、彼らはソースコードを持っている。外に出回っている」
Microsoftのコードは過去に複数回、ハッカーの手に渡っている。2021年にはLapsus$グループによるソースコード窃取が確認されており、2024年にはロシアの国家支援型グループ「Midnight Blizzard」による標的型攻撃でソースコードの一部が流出したことをMicrosoft自身が認めている。こうした経緯を踏まえれば、「ソースコードが攻撃者の手にある」という前提はもはや仮定ではなく現実に近い。これに対しMicrosoftは「決意ある攻撃者がコードにアクセスする可能性を前提として、セキュリティプロセスを設計している」とコメントした。
AIがセキュリティの非対称性を変える
今回の件が示すのは、AIによる脆弱性発見が「防御側の人手不足」という構造的な問題を一気に顕在化させているという現実だ。Mythosのような高度なツールは今はMicrosoft自身の手の中にあるが、同等の能力が攻撃者側に渡るのも時間の問題だという認識が、Microsoft社内にも広がりつつある。
防御側がAIを使えば使うほど、対応すべき報告件数が膨らみ、人的リソースの限界がより鮮明になる。この構造を放置したまま発見能力だけを高めることが本当に安全性の向上につながるのか、という問いは業界全体が直視すべき課題だと言える。
詳細はAnthropic is finding bugs faster than Microsoft can fix themを参照していただきたい。




