7月28日、Emerging Trajectoriesが「Commodification of Intelligence: Good, Bad, and Ugly Circular AI Deals」と題した記事を公開した。AIの循環取引を「バブルの証拠」と断じる論調が絶えないなか、本記事はその見方を正面から否定する。循環取引は石油・鉱物産業で数十年使われてきた資金調達モデルと同一であり、AIのコモディティ化を示すシグナルに過ぎない——ただし、リスクがバランスシートの外に隠れ始めている点だけは本物の問題だ、というのが記事の核心的な主張である。
「循環取引はバブルの証拠」という批判は的外れだ
OpenAIがMicrosoftから資金調達し、そのお金をMicrosoftのサーバーに費やす。NvidiaがCoreWeaveの債務を保証し、CoreWeaveがNvidiaのGPUを買う——こうした構造を指して「ドットコムバブルの再来だ」と警鐘を鳴らすアナリストが後を絶たない。
だが、Emerging Trajectoriesはその見方を否定する。循環取引は石油・鉱物・電気自動車など、あらゆる資本集約型コモディティ産業で標準的に使われてきた資金調達手法であり、「AIがコモディティ化しつつある」という構造変化を示しているに過ぎない、というのがこの記事の核心的な主張だ。
コモディティ産業における循環取引の先例
そもそも循環取引とは何か。記事は石油開発を例に説明している。
あなたが油田と輸送パイプラインを開発したいが、資金が足りないとする。商品取引会社が「あなたの石油を一定価格で全量買い取る」と保証することで、銀行はあなたへの融資リスクを許容できるようになる。取引会社は場合によってはエクイティ(株式)も取得する。これが循環取引の基本形だ。
記事によれば、この仕組みは1960年代以降、日本の商社や政府系開発銀行が資源開発インフラを整備する際に使ってきた手法であり、1980年代にはジャマイカも活用した。近年では米国政府が重要鉱物の供給網確保のために同様の枠組みを活用している。MP Materials社は米国防総省と10年間の購買契約を締結し、ネオジム・プラセオジム磁石を少なくとも110ドル/kgで全量買い取ってもらうことで資金調達を可能にした(※MP Materialsに関する詳細は同社の公式プレスリリースを参照)。
AIにおける循環取引:Nvidia版「石油取引会社」
AI業界における循環取引の構造は、石油の例と驚くほど似ている。
フロンティアAIの開発・推論はNvidiaのGPUに強く依存しており、GPUは事実上のコモディティとして機能している。異なるデータセンターが同様のNvidiaチップを使っていれば、ハイパースケーラーやモデル開発者から見て「どこのデータセンターも大差ない」状態だ。
この状況においてNvidiaは「石油取引会社」の役割を担う。スタートアップや新興クラウド(ネオクラウド)に対してGPUへの優先アクセスを提供し、もし当該企業がそのコンピューティング能力を活用できなければNvidia自身が買い戻す(オフテイク契約)のだ。
具体的な事例として、記事はCoreWeaveとNvidiaの63億ドルの契約、Firmusとの5億500万ドルの契約を挙げている。元記事が引用するSemiAnalysisの試算によれば、Nvidiaには1兆ドル規模の受注残があり、転売先には事欠かない。SpaceXとMetaも自社データセンターを他社に貸し出しており、元記事によればSpaceXはColossus 1・2データセンターを月20億ドル超で賃貸しているという。
問題になるのは「バランスシートの外に隠す」循環取引だ
記事が本当に問題視するのは、循環取引そのものではなく、リスクをバランスシートの外に隠す構造だ。
記事に掲載されているFT(フィナンシャル・タイムズ)の図解が分かりやすい。
図:TeraWulfの32億ドル債券の構造。AnthropicがFluidstackにコンピューティング費用を支払い、Fluidstackのリース費がMorgan Stanleyの口座経由でTeraWulfの債券保有者に流れる。Googleはテナント(Fluidstack等)がリース料を払えない場合の保証人になっている。
この構造において、GoogleはTeraWulfの事実上の保証人でありながら、その義務はGoogleのバランスシートに計上されていない。同様に、MetaのHyperionデータセンター向け273億ドルの債券も、BlackRockが組成した123億ドルの債券もオフバランスだ。
現在はハイパースケーラーが莫大な利益を生み出しているため、こうした構造でも問題は起きていない。しかし記事は問う——「保証の基準が『ハイパースケーラー』から『まあまあ良い企業』に緩んだら?」「ハイパースケーラーの収益トレンドが変化したら?」「これらの債券が束ねられ、担保化され、再販売されたら、2007年のモーゲージ担保証券(MBS)と同じことにならないか?」
「AIは電気のようなコモディティになる」——そして7兆ドルの問題へ
こうした個別事例を積み上げると、タイトルにある「7兆ドル」という数字の意味が見えてくる。元記事が引用するSemiAnalysisの試算によれば、AIデータセンターへの設備投資とAI IT設備投資の需要に牽引され、2029年までにAI関連の債務残高は7兆ドルを超え、米国の住宅ローン担保債券市場(約13兆ドル)に次ぐ第2位の資産担保債務市場になると予測されている。TeraWulfの32億ドルはその一例に過ぎず、同種の取引が積み重なった総量がこの規模に達するという試算だ。
循環取引が増えていること自体は、AIがかつての「製品」から「電気や天然ガスのように誰でも調達できるコモディティ」へと移行しつつあるシグナルだ。問題の本質は循環構造ではなく、誰がリスクを引き受けているかが見えにくくなることにある。
詳細はCommodification of Intelligence: Good, Bad, and Ugly Circular AI Dealsを参照していただきたい。





