7月29日、IEEE Spectrumが「When AI Literacy Becomes the New Fault Line In Global Inequality」と題した記事を公開した。AIリテラシーの格差が次のグローバル不平等の断層線となりつつあるという問題を、各国の具体的事例とデータを交えて論じている。
AIは「全員のもの」という建前と現実の乖離
「AI for everyone」という言葉が業界リーダーから繰り返され、各国政府が国家AI戦略を競うように打ち出している。だが、その恩恵を実際に手にできる立場にある人間とそうでない人間の差は、スローガンとは裏腹に広がり続けている。
スタンフォード大学の2026年AI Indexレポートによれば、米国だけで5,000以上のデータセンターを保有しており、これは他の単一国家の10倍以上にあたる(本数値は元記事が同レポートを引用したものであり、読者は原典での確認を推奨する)。さらに世界銀行のデータによると、2023年時点でクラウドコンピューティングおよびデータストレージサービスの世界輸出の約**87%**を米国が占めているという(同様に、元記事経由の引用値として参照されたい)。
AIのワークロードがローカルインフラではなくクラウドプラットフォーム上で処理される時代において、この計算資源の集中は「依存の集中」でもある。ほとんどの国にとって、AI開発は技術的だけでなく商業的・地政学的にも外部委託された状態にある。
スキル格差は数字が物語る
接続環境やクラウドアクセスがあったとしても、すべての人が等しく恩恵を受けられるわけではない。
OECDのデータによれば、加盟国の成人で「基本以上のデジタル問題解決スキル」を持つのは**約40%にとどまる。AI関連のトレーニングへの参加率も教育水準で明確に分かれており、高等教育修了者では36%が過去1年以内にAI関連トレーニングを受けたと回答しているのに対し、後期中等教育修了者では18%**にとどまる。
この格差の「負け側」に置かれた人々にとって、AIは自分が使う道具ではなく、自分に作用する不透明なシステムとして現れる。その実害は既に現実のものとなっている。
記事ではその具体例として二つの事例を挙げている。一つはオランダで起きたトースラーヘンアフェア(toeslagenaffaire)だ。政府の不正検知アルゴリズム「SyRI(Systeem Risico Indicatie)」に端を発したとされるこの事件では、数万世帯が児童手当の不正受給者として誤って認定され、返還を強いられた。差別的なプロファイリングの疑いも指摘され、オランダ内閣が総辞職する事態にまで発展した行政スキャンダルである(詳細はAmnesty Internationalのレポートも参照)。
もう一つはAmazonが2018年に廃止したAI採用ツールだ。女性候補者を組織的に低評価するバイアスが発覚したことで運用停止に至った事例であり、現時点では7年以上前の出来事ではあるが、アルゴリズムによる差別が実際の雇用機会に影響し得ることを示した先駆的事例として今も繰り返し参照される。
「南アフリカのAIポリシー草案」が突きつけた現実
ガバナンス面での格差を象徴する出来事が2026年4月に南アフリカで起きた。通信・デジタル技術省がAI政策の草案を公開したが、ジャーナリストが調査したところ学術引用の少なくとも6件が実在しないことが判明した。AIが生成したハルシネーション(幻覚)だったとみられ、大臣は「許容できない失態」と認め、草案は数日で撤回された。
この事件は、AI政策の「野心」とそれを実装するために必要な「制度的能力」のギャップを鋭く示している。高度なAI戦略文書を作成する技術的手段は手に入りやすくなった一方で、その内容を精査し検証する専門的基盤の整備が追いついていない現状が露わになった形だ。
別の道を模索するインドネシア
一方、インドネシアは現実的なアプローチを取っている。国家研究革新庁(BRIN: Badan Riset dan Inovasi Nasional)が、フロンティアモデルの開発競争ではなく恵まれないコミュニティ向けの実用ツール開発に注力している点が特徴的だ。競争より実装、先端より適用という姿勢は、限られた資源のもとで格差を縮める一つのモデルとして注目に値する。
具体的には以下のような取り組みが紹介されている:
- 衛星データと機械学習を活用し、小規模漁業者が魚群を発見するのを支援するアプリ
- ジャワ語・スンダ語など現地言語を含む多言語言語モデル
- 政府サービスに組み込まれたAIチャットボット
また2025年8月には通信・デジタル省が、年間10万人のAI人材育成を目標とする国家AIロードマップを公表した。箇条書きに並ぶ個々の施策は地味に見えるかもしれないが、その根底にある「自国の課題を自国の言語で解くAIを作る」という方針は、外部依存を前提とした多くの国のAI戦略とは一線を画している。
アフリカ大陸でも動きがある。2024年にアフリカ諸国の閣僚が大陸AI戦略を採択し、2025年4月のキガリでのグローバルAIサミットでは、地域連携・現地言語AIモデル・オープンソースエコシステムによる外部依存の低減が議論された。
問われているのは速度ではなく「方向性」
記事の著者が最終的に提起するのは、技術競争の文脈でしばしば見落とされる問いだ。
AIを「誰が形作り」、「誰がただ適応するだけか」——この非対称性こそが、次の格差の核心である。
デジタルデバイドの議論は、かつては「デバイスと接続環境」の問題だった。それが「スキルと成果」へと拡張され、AI時代にはさらに一層が加わった。すなわち、「AIが何のためのものか」「どの問題を解くためのものか」「誰の社会的優先事項に奉仕するか」を決める議論に、誰が実質的に参加できるかという問題だ。
エンジニアや政策立案者に対しては、「自分たちが設計するAIシステムやインフラは、技術変化を形作る参加を広げているか、それとも狭めているか」という問いが突きつけられている。
詳細はWhen AI Literacy Becomes the New Fault Line In Global Inequalityを参照していただきたい。




