7月30日、Pierluigi Paganiniが「Claude Mythos Shows AI Can Outpace Human Cryptography Research」と題した記事を公開した。この記事では、AnthropicのAIモデル「Claude Mythos」が、専門家の長年のレビューをくぐり抜けていた暗号アルゴリズムの数学的欠陥を自律的に発見したことについて詳しく紹介されている。
AIが「実装バグ」ではなく「アルゴリズム自体の欠陥」を発見
これまでAIが暗号分野で見つけてきた脆弱性は、プログラマーによる実装ミスが中心だった。Anthropicが今回発表したのは、それとは本質的に異なる成果だ。Claude Mythos Previewが、暗号アルゴリズムそのものの数学的欠陥を自律的に発見したというものである。
対象となったのは2つのアルゴリズムだ。
- HAWK:NISTが進める耐量子暗号(PQC)署名スキームの追加ラウンドにおける候補となっているデジタル署名方式
- AES(段数削減版):現在広く使われているブロック暗号の研究用変形版
どちらの結果も、現時点で実運用システムを直ちに破るものではない。しかし、人間の専門家が数年かけて発見できなかった欠陥を、AIが数日〜数週間で見つけたという事実は重い。
HAWK攻撃:60時間、費用約10万ドル、格子暗号の非専門家1名で達成
2つのうち、より即座に影響が大きいのはHAWKへの攻撃だ。
HAWKはNISTの耐量子暗号標準化プロセス(約10年にわたって進行中)で残った候補の一つである。元記事ではHAWKはPQC署名スキームの追加ラウンド候補として位置付けられている。Mythosは、HAWKの数学的構造に潜む未発見の対称性(非自明な自己同型写像)を発見し、これを利用した列挙攻撃を実現した。
結果として、最小鍵サイズのHAWK-256では、期待される攻撃コストが2^64演算から2^38演算へと大幅に低下した。事実上、鍵強度が半分に削られた計算になる。鍵サイズを2倍にすれば元のセキュリティレベルは回復できるが、それではHAWKが耐量子候補として評価されてきた実用上の利点の大半が失われる。
この成果を達成したのは、格子暗号の専門家ではないAnthropicの研究者1名が約60時間コーディネートしたもので、APIコストは約10万ドルだった。
作業中、2つのワーカーエージェントが並列で同一のアイデアを検討するという興味深い挙動も見られた。最初のエージェントは「実現不可能」と判断したが、2番目が完全な攻撃手法を発見。両エージェントがメッセージを交わし続け、最終的に「本物の発見だ」と合意に至った。
Anthropicは6月にHAWKの設計者へ事前開示した後、NISTのメーリングリストへの公開開示と論文公開を同時に行っており、責任ある開示プロセスを踏んでいる。
AES攻撃:3日間、ほぼ完全に自律的な発見
AES(段数削減版)への攻撃は、発見よりも検証に時間がかかるという別の問題を提起した。
Mythosは3日間稼働し、数億トークン規模のアウトプットを生成。Anthropicが「Möbius Bridge」と呼ぶ指紋付け技術を開発した。これは、段数削減版AESへの中間一致攻撃(meet-in-the-middle attack)において、必要な推測の一つを排除することで探索空間を削減しつつ、増加した計算コストを複数の最適化技術で補うというアプローチだ。元記事では対象を「7ラウンドAES」としており、本記事もその記載に従っている。なお、実運用で使われるフルラウンドのAES-128(10ラウンド)には影響しない。
研究者の介入は3日間でわずか3回の実質的なプロンプト送信にとどまった。そのうちの1つは、「漸進的な改善で満足せず、真に新しいアイデアを探し続けるよう」モデルに伝えるものだったという。
発見そのものはほぼ自律的だったが、2名の研究者が結果の正しさを検証し論文を書けるレベルの確信を得るまでに約1ヶ月を要した。発見にかかった時間より、検証にかかった時間の方がはるかに長かったという点が、今後の課題を示している。
その他の成果
今回の発表にはさらなる成果も含まれる。Mythosは13ラウンドのLEA暗号に対して、現代のデスクトップPC上で1時間以内に2^30の暗号文から鍵を回復する実用的攻撃を開発した。従来の最良結果(2^98の平文ペアと2^86の計算量)と比べて劇的な改善だ。6ラウンドのSerpent-128への予備的結果も得られているほか、Salsa20、Poseidonハッシュ関数、SHA-1についても限定的な改善が報告されている。
「1年でゼロから最前線へ」という速度
Anthropicは今回の成果が示す傾向を率直に述べている。1年前には基本的な暗号解析すら難しかった言語モデルが、今や専門家の長年のレビューをくぐり抜けた設計上の欠陥を発見できるようになった。
同社はサイバーセキュリティ分野でのバグ発見と同様の状況が、学術的な暗号研究にも訪れると予測する。人間の研究者がモデルの出した結果を検証するために数ヶ月費やす、という構図が今後の標準になっていく可能性がある。
詳細はClaude Mythos Shows AI Can Outpace Human Cryptography Researchを参照していただきたい。




