powered by TechFeed
表示モード
Deep Dive

67セント・1.5時間でARC-AGI-1を44%突破 — 「入力トークンを訓練しない方がスコアが上がる」という逆説的発見

9月1日、mvakde.github.ioが「44% on ARC-AGI-1 in 67 cents」と題した記事を公開した。RTX 5090を1.5時間回し、わずか67セントのコストでゼロから訓練した小規模TransformerがARC-AGI-1のパブリック評価で**44%**を達成したというものだ。しかもその過程で、「入力トークンへの訓練を廃止したらスコアが上がった」という直感に反する発見まで報告されている。

9月1日、mvakde.github.ioが「44% on ARC-AGI-1 in 67 cents」と題した記事を公開した。RTX 5090を1.5時間回し、わずか67セントのコストでゼロから訓練した小規模TransformerがARC-AGI-1のパブリック評価で**44%**を達成したというものだ。しかもその過程で、「入力トークンへの訓練を廃止したらスコアが上がった」という直感に反する発見まで報告されている。

ARC-AGI(Abstraction and Reasoning Corpus)は、Kerasの開発者として知られるFrançois Cholletが設計した推論ベンチマークだ。1000問の視覚的パターン認識パズルで構成され、各パズルが独自のルールを持つ「メタ学習」型の設計が特徴である。GPT-4oを含む多くの大規模言語モデルが苦戦することで知られており、100万ドルの賞金が設けられているにもかかわらずベンチマーク公開から6年が経過した現在も飽和していない。今回の44%という数字は、同様のテスト時訓練(TTT)ベースの代表的手法であるTRM/HRM系と同水準であり、多くのLLMを上回るスコアだ。

なぜこのアーキテクチャが効くのか

アプローチの核心は「テスト時訓練(Test-Time Training / TTT)」だ。入出力ペアをトークン列に変換し、小規模Transformerでテスト時にゼロから自己回帰訓練する。クロスタスク学習を可能にするため、各パズルに独立した加算埋め込みを付与し、位置エンコーディングには3D RoPE(Rotary Position Embedding)を採用している。RoPEはトークン間の相対位置を回転行列で表現する手法で、ARC-AGIのグリッド構造(行・列・タスクIDの3次元)に合わせて拡張されている。

アブレーション実験の結果が特に興味深い。3D RoPEまたはper-taskエンベディングを除去すると、スコアは25%まで急落する。両者を同時に除去しても同様に25%で飽和する。1D RoPEへの変更で約24%、per-taskエンベディング除去で約24%と、表現(Representation)の質がスコアの大半を決定していることが分かる。

その他の主要な変更点は以下のとおりだ:

スコア向上に寄与した変更:

  • モダンアーキテクチャへの移行(GELUからSwiGLU、LayerNormからRMSNorm等)
  • データ多様性の向上、シャッフリングの改善
  • レイヤー数を4→8に拡張

コスト削減に寄与した変更:

  • データ拡張(augmentation)の大幅削減
  • AdamW → NorMuon(勾配の正規化を組み込んだオプティマイザ)へのオプティマイザ変更
  • Flash Attention(可変長訓練)+Flex Attentionカーネルの採用

コードはGitHub上でオープンソース公開されている。なお、難易度がさらに高いARC-AGI-2でも7%を記録している(ARC-AGI-2はARC-AGI-1の後継として2025年に公開された、より抽象的な推論を要求するバージョンだ)。

「入力トークンを訓練しない」という逆説的発見

今回の最大の発見の一つが、入力トークンに対する訓練を廃止したことだ。損失関数を出力トークンのみに限定したところ、スコアが40%→44%に向上した。

著者自身も「なぜ改善するのか分からない」と率直に認めている。テスト損失は悪化しているにもかかわらずスコアは上がり、訓練の安定性が増してスコアのばらつきも減少した。著者はこれを「有限なモデル容量」に起因する可能性として挙げているが、断言はしていない。

この現象は、「バリデーション損失の最小化=タスク性能の向上」という前提への疑問を提起する。著者はこれを既知のfailure modeとして論文を引用しつつ言及している。

コミュニティの反応と批判への回答

前回の結果(40%)がXで拡散した際、Jeremy HowardLucas BeyerRohan Anilらトップ研究者が反応した。同時に複数の批判も寄せられており、著者は記事内で一つひとつ回答している。

主な批判と著者の回答は以下のとおりだ:

  • 「評価パズルで訓練するのはチートでは?」 → ARC自体がメタ学習ベンチマークであり、評価パズルから学習することは想定内の設計。訓練したのは問題文であり、テストラベル(答え)ではない。
  • 「コストの比較が不公平では?」 → 著者は訓練コストと推論コストを合算して67セントと計算。LLMや他のモデルは事前訓練コストを除外して比較しており、むしろ著者側が不利な条件だと主張する。
  • 「全タスクを同時に訓練することでコストを按分している」 → 妥当な指摘として認めつつも、ARC主催者による公式比較でも同様の手法が用いられていると回答。

65%は届く範囲にある

著者は複数回の実行で解けたタスクの和集合を取ると**55%**に達することを示しており、「65%はTransformerの範囲内で到達可能」と述べている。

改善の余地として挙げられているのは以下の点だ:

  • RoPEはポジション情報とコンテンツ情報を混合するため、PoPE等の代替手法で改善できる可能性がある
  • アーキテクチャのさらなるモダン化
  • GPUカーネルの手書き実装によりコストを最大10分の1に削減できる可能性
  • データ拡張の除去(著者自身が「使いたくなかった」と明記)

著者は「なぜ他の研究者がこれを見つけられなかったのか理解できない。6年間オープンだった高知名度のベンチマークで、100万ドルの賞金もあったのに」と率直に疑問を呈している。

詳細は44% on ARC-AGI-1 in 67 centsを参照していただきたい。