9月25日、bustikiller.comが「One month without AI」と題した記事を公開した。AIコーディングエージェントを数ヶ月使い続けた末に「AIなし」へ回帰した開発者の体験と、そこから得た教訓を綴った記事だ。
Cursor、GitHub Copilot、Claude Codeといったツールが業務の標準装備となりつつある2026年、「AIで生産性がN倍になる」という言説は開発者コミュニティで当たり前のように語られる。しかしこの記事の著者は、そのトレンドを逆行する形で「AIをやめた」経験を、率直な言葉で綴っている。
「コードを一行も書かなくなっていた」
著者は自身が開発・維持するFOSS(Free and Open Source Software:誰でも自由に利用・改変・配布できるオープンソースソフトウェア)プロジェクトLibreWeddingPlannerではAI生成コードの受け入れを禁じていたが、業務では積極的にAIを活用し続けていた。
最初は「特定の関数を実装させる」「テストを書かせる」といった小さな用途から始まった。10年以上TDD(テスト駆動開発:テストコードを先に書き、それを満たす実装を後から書く開発手法)を実践してきた開発者だったが、TDDの本来の目的——実装にテストが引きずられないようにする——は形骸化していった。AIが先にテストを書き、そのまま実装も書く、という流れに自然と移行したためだ。
やがてJiraチケットの説明文をそのままAIに貼り付け、実装を丸ごと任せるようになった。複数のgit worktree(単一リポジトリで複数の作業ブランチを同時にチェックアウトできるGitの機能)で複数のAIエージェントを同時に走らせ、JiraをCLIで連携させて「このチケットを別のworktreeで進めておいて」と指示する体制まで構築した。
「コミットもpushも全部AIに任せていた。チャットに『commit and push』と打つだけ。これが怠惰でないなら、怠惰とは何なのか」
そしてある日著者が気づいたのは、数ヶ月間、自分でコードを一行も書いていなかったという事実だった。
コードの中身を「20%も把握していない」状態
著者は、AIが出力したコードを「正しいかどうかわからないまま」マージしていたと正直に書いている。
「自分がプッシュしているコードが実際に何をしているか、100%把握している人間はいない。20%も把握していないと思う。本当に怖いことだ」
コードレビューも機能しなくなっていった。AIが生成したPRには7段落に及ぶ説明文が添付されているが、著者はそれを読まなくなった。「どうせ私が指示したことをやっているだけ。説明は他の人のため」と思うようになったためだ。
さらに問題だったのが、AIによって「手戻り」が増え、むしろ時間がかかるようになった点だ。20分で終わるはずのタスクをAIに渡した結果、5分で「完成」したものの、レビューに2日かかるという状況が続いた。複数エージェントの切り替えコストが積み重なり、集中力が分散するためだ。「AIで生産性がN倍になる」という感覚は幻想であり、確実に増えたのは疲弊とフラストレーションだったと著者は述べている。
転機となったコードレビュー
決定的なきっかけは、同僚からのフィードバックだった。
「このテスト、アプリケーションコードで変更しているシナリオを実際にはテストできていないよ」
確認すると指摘は正しかった。TDDを10年以上実践してきた開発者が、これほど基本的なミスを見落としていた。著者はその瞬間、「もうこれ以上うまくはならない」と判断してAIの使用をやめた。「たとえ職を失っても」という覚悟とともに。
1ヶ月後に戻ってきたもの
AI断ち後、著者は変更ファイルが5件以下のPR、2行で要点を伝えるPR説明文、TDDへの回帰という元のスタイルに戻した。著者が挙げる変化は次の通りだ。
- 自分が何を変更しているかを理解した上でデプロイできる
- コードレビューで「なぜそう実装したか」を説明できる
- インシデント時に原因箇所を把握できる
- コードベースへの理解が日々深まる
数値的な生産性指標ではなく、「自分が何をしているかわかる」という感覚の回復——著者はこれを、AIを使っていた期間に最も失っていたものだと振り返っている。AIを完全に拒絶するのではなく、「自分のスキルを補うのではなく、自分のスキルを代替させる使い方をしていたことが問題だった」というスタンスに落ち着いている点は、この記事の議論を単純な「AI賛否論」に収めていない部分でもある。
エンジニアとしての「市場価値」という視点
記事の末尾で著者は、より長期的な警鐘を鳴らしている。
「あなたの価値は、キャリアで直面してきた困難な問題によって培われてきた。AIの子守り係に徹して脳を休ませれば、エンジニアとして提供できる実際の価値は下がり続ける」
また、AIコードを人間のレビュー結果に見せかける行為——同僚がAIのフィードバックを自分の意見として貼り付けるケース——も批判しており、個人の生産性を超えたチームの信頼性の問題として言及している。
この種の「AIコーディング懐疑論」はHacker Newsなどでも定期的に議論を呼ぶテーマであり、本記事も公開直後から注目を集めている。AIコーディング支援ツールが業務標準になりつつある今、「使いこなす」のではなく「使われてしまう」状態にどれだけの開発者が陥っているか、この体験談は静かに問いかけている。
詳細はOne month without AIを参照していただきたい。




