9月29日、Vivian Tranが「AI billing software pushed hospital costs up $942 million with no rise in care」と題した記事を公開した。AIを用いた病院の請求ソフトウェアが、患者の治療内容を一切変えないまま請求額だけを押し上げているという分析が波紋を呼んでいる。2年間で約9億4200万ドル(約1,400億円、1ドル≒148円換算)という具体的な数字を伴ったこの報告は、医療費高騰の新たな構造的経路を示すものとして注目されている。
なぜこの問題は「構造的」に起きやすいのか
背景として押さえておきたいのが、米国の入院医療費の支払い方式だ。米国ではDRG(Diagnosis-Related Group:診断群分類)と呼ばれる制度が広く採用されており、患者に付与された診断コードの組み合わせによって病院への支払い額が決まる仕組みになっている。このため、実際の治療を増やさなくても、診断コードを追加・変更するだけで請求額を引き上げることができる。
こうした仕組みを意図的または結果的に利用し、実態よりも重症のカテゴリに分類して請求を膨らませる行為は「アップコーディング(upcoding)」と呼ばれ、以前から問題視されてきた(参考:米司法省によるアップコーディング訴訟事例)。今回の分析が示すのは、AIソフトウェアがこのアップコーディングを自動化・大規模化しうる可能性だ。ただし元記事は病院側の意図には踏み込んでおらず、あくまでソフトウェアの仕組みがもたらした結果として報じている点は留意が必要である。
治療なし、診断だけが増える
Blue Cross Blue Shield Association(米国最大規模の医療保険連合体)が公表した分析によると、AIを用いた病院の請求ソフトウェアが、2023年から2025年の2年間で約9億4200万ドルの医療費増加をもたらしたとされる。この増加分は、保険加入者の治療が実際に手厚くなったことによるものではないという。
仕組みはこうだ。病院がAIソフトウェアを使って患者の検査結果や電子カルテをスキャンし、主訴以外の「二次診断(secondary diagnosis)」を検出する。この二次診断が追加されると、請求がより高い償還カテゴリに分類される。現在、病院システムの60%以上がこのAIツールを導入済みだという。
問題は、診断コードが変わっても実際の治療内容が変わらないケースが多発していることだ。同協会のシニアバイスプレジデント、Luke Chalkerは次のように述べている。
「患者が本当に重篤であれば、治療が増えるはずだ。診断と治療の乖離は、AIが重症患者を発見しているのではなく、請求可能な病態を増やしていることを示している。」
数字で見る乖離
今回の分析は、米国民の3人に1人をカバーする加盟保険会社の匿名化された請求データをもとに実施された。
増加分の内訳を見ると、二次診断に起因するものが約70%、金額にして6億5000万ドル超を占める。具体的な事例として、大腸手術(major bowel procedures)関連の請求データが引用されている。2023年第1四半期から2025年第4四半期にかけて、部分的な腸閉塞の診断は55%増、過酸症(acid overload)の診断は33%増となった。しかし、それらの治療率は横ばいのままだった。
一例として示されたシナリオでは、1件の検査値がAIにスキャンされ、二次診断としてフラグが立てられる。患者の治療は何も変わらないまま、請求だけがより重症のカテゴリに移行する。DRGベースの支払い制度において、診断コードの追加は直接的に請求額の上昇につながるため、このような連鎖が大規模に発生しうる。
医療費高騰の新たな経路
この問題が厄介なのは、コストが病院と保険会社の間だけで完結しないことだ。保険会社の支出が増えれば、その分は保険料の上昇、企業の福利厚生コスト増、そして患者の自己負担増として跳ね返ってくる。
同協会のDavid Merritは「家族が医療費の増大に直面している中、この研究はAIツールの実態をより深く理解する緊急の必要性を示している」と述べた。
何ができるか
同協会は今回の分析公表を通じ、病院によるコーディングソフトウェアの使用に対する監視強化と、AI請求プロセスへのルール整備を求めている。
患者レベルでは、「給付説明書(Explanation of Benefits)」の確認、入院費の明細請求、診断が価格に影響した場合の説明要求といった対応が挙げられている。雇用主や保険会社の側では、診断コードと実際の治療内容を照合する監査の導入が選択肢として示されている。
なお、カリフォルニア州ではAIのみによる保険請求拒否を規制する法案(SB 1120)が検討されるなど、医療AIへの立法的な対応も各地で始まりつつある。AI請求ソフトウェアの普及速度に対し、制度整備が追いついていない現状が、今回のような問題を生む土壌になっているともいえる。
詳細はAI billing software pushed hospital costs up $942 million with no rise in careを参照していただきたい。




