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Meta・Google・米政府が18億ドルを投じる「仮想生物学」— AIで細胞の挙動を丸ごとシミュレートし、創薬の常識を塗り替えられるか

10月8日、The Decoderが「Zuckerberg's Biohub leads a $1.8 billion push to build AI models that predict cell behavior」と題した記事を公開した。マーク・ザッカーバーグとプリシラ・チャンが支援する非営利団体Chan Zuckerberg Biohubが主導し、Meta・Google・米政府が合流する形で総額18億ドルを投じて「細胞の仮想モデル」を構築しようとするプロジェクトが始動している。新薬候補を探すために何年もかけて実験を繰り返す従来の創薬プロセスを、コンピュータ上のシミュレーションに置き換える——その野心的な試みの全容を紹介する。

10月8日、The Decoderが「Zuckerberg's Biohub leads a $1.8 billion push to build AI models that predict cell behavior」と題した記事を公開した。マーク・ザッカーバーグとプリシラ・チャンが支援する非営利団体Chan Zuckerberg Biohubが主導し、Meta・Google・米政府が合流する形で総額18億ドルを投じて「細胞の仮想モデル」を構築しようとするプロジェクトが始動している。新薬候補を探すために何年もかけて実験を繰り返す従来の創薬プロセスを、コンピュータ上のシミュレーションに置き換える——その野心的な試みの全容を紹介する。


Chan Zuckerberg Biohubとは何者か

Chan Zuckerberg Biohubは、2016年にザッカーバーグ夫妻が設立した非営利の医学研究機関だ。UCサンフランシスコ・UCバークレー・スタンフォード大学という西海岸の3大研究拠点と連携し、基礎科学から工学的アプローチまでを横断する研究体制を持つ。商業的な利益を直接の目的とせず、成果を公共財として社会へ還元することを基本方針に掲げている点が、民間製薬企業や通常のスタートアップと根本的に異なる。

同組織は既に感染症の診断技術や単細胞解析ツールなどで成果を挙げており、2024年にはシカゴ・ニューヨークにも拠点を拡大している。今回のプロジェクトはその中でも、組織史上最大規模の取り組みとなる。


「仮想生物学」とは何か——既存シミュレーションとの違い

Virtual Biology Initiative(仮想生物学イニシアチブ)という名称が示す「仮想生物学」は、一言で言えば「細胞そのものをデジタル上に再現し、その挙動をAIで予測する」試みだ。

従来の生物学シミュレーションは、特定の分子経路や化学反応を数式でモデル化するものが主流だった。研究者があらかじめ「どの変数が重要か」を定義し、それに基づいて方程式を立てる——いわばトップダウンのアプローチだ。この手法は対象を絞り込んだ解析には強いが、細胞が示す複雑な振る舞い全体を捉えることは難しい。

Biohubが目指すのはこれとは異なるボトムアップのアプローチだ。遺伝子発現・タンパク質の状態・細胞間シグナルなど膨大な実測データをAIに学習させ、「ある刺激を与えたとき細胞がどう応答するか」をデータ駆動的に予測できるモデルを構築する。どの遺伝子をどう操作すると細胞の状態がどう変化するか、どの化合物がどの細胞タイプに効くかといった問いに、実験なしに答えを出せることを目標としている。

こうしたモデルが実現すれば、新薬候補の探索にかかる期間と費用を劇的に削減できる可能性がある。現状、新薬が承認されるまでには平均10年以上・数千億円規模のコストがかかるとされており、その多くは有効性・安全性の確認を繰り返す実験工程に費やされている。


Meta・Google・米政府が結集した18億ドルの全容

Biohubが今年4月に打ち出した5カ年計画は、当初5億ドルの拠出誓約でスタートした。Reutersの報道によれば、その規模はその後大幅に拡大し、資金・設備・計算資源を合わせた総額は18億ドルに達する。

出資の内訳は以下のとおりだ。

  • Meta・Google DeepMind・Isomorphic Labs:合計3億ドル
  • 米エネルギー省(DOE):5年間にわたり研究所での計測とコンピュートに5億ドル超
  • 米国立衛生研究所(NIH):連邦政府の既存予算5億ドル超で構築されたデータセットを提供。BiohubがこれをAI学習用に標準化する

Isomorphic LabsはAlphabetが設立した創薬特化の企業で、AlphaFold2を開発したDeepMindのスピンアウト姉妹会社にあたる。Google DeepMindとIsomorphic Labsが同一プロジェクトに並んで出資するのは、Googleグループとしてバイオ領域へ本格的にコミットする意思表示といえる。


学習データの規模と種類

このプロジェクトで整備されるデータは、細胞の「状態」を多面的に記録したものだ。具体的には、どの遺伝子がどの程度発現しているかを示す単細胞RNAシーケンスデータ、タンパク質の発現・修飾状態、細胞形態の画像データ、さらには特定の化合物や遺伝子ノックアウトに対する細胞応答などが含まれる。

NIHが提供するデータセットはこれらを大規模に集積したもので、BiohubはこれをAIが扱える形式に標準化・統合する役割を担う。DOEの国立研究所が持つ計測インフラと計算資源はデータ生成と学習処理を支える基盤となる。


データアクセスのルール:公共性と民間投資の両立

商業資金を拠出した企業は、自ら出資したデータに対して1年間の独占アクセス権を得る。その後、データは一般公開される。Biohubの研究責任者Alex Rivesによれば、最初のデータセットは約1年後に利用可能になる見通しだ。

一方、政府資金による研究成果は独占期間なしで公開される。民間企業の投資インセンティブを確保しながら公共利益も守るという、非営利組織ならではのバランス設計だ。


AI×創薬:加速する業界全体の動き

Biohubの取り組みが際立つのはその規模感だが、AI企業が生物学へ参入する潮流はここだけの話ではない。

これらの動きに共通するのは、「実験室での試行錯誤」をAIと計算資源で代替・加速しようという発想だ。ただしBiohubのアプローチは、分子レベルの構造予測(AlphaFoldが得意とする領域)をさらに一段上げ、細胞全体の動態をシステムとして予測する点で、現在の最前線より一歩踏み込んだ目標を掲げている。

非営利組織が中心に立ち、ビッグテックと政府を巻き込みながら生物学の基盤データを公共財として整備するというモデルが機能するかどうか。その答えが出るのは5年後だが、成功すれば創薬の構造を根本から変える可能性を持つプロジェクトだ。


詳細はZuckerberg's Biohub leads a $1.8 billion push to build AI models that predict cell behaviorを参照していただきたい。