10月10日、Steven Vaughan-Nicholsが「'I use AI to do the things that I'm bad at': Linus Torvalds on why it works for him」と題した記事を公開した。Linux創始者Linus TorvaldsがAI活用に対する自身の考えを率直に語ったインタビューを詳しく紹介している。
「苦手なことにAIを使う」——Torvaldsの本音
プラハで開催されたOpen Source Summit Europeで、Torvaldsは友人でもあるEricsson Software Technology代表のDirk Hohndel氏との対話形式のセッションに登壇した。
オープンソースコミュニティにはAIを嫌う開発者も多い。直近ではSystem76がCOSMICデスクトップへのAI生成コードを禁止したことが話題になったばかりだ(System76はPopOS/COSMICデスクトップを開発するLinuxハードウェアメーカー)。そうした流れに対し、Torvaldsは「AIは本当に気に入っている」と明言した。
ただし、彼のAI活用は独特だ。Torvaldsが挙げた具体例はギタープロセッサ(エフェクターペダル)の個人プロジェクトである。自分でCで書いたUIが「80年代みたいで野暮ったい」と感じ、よりモダンな見た目にしたかったが、「自分はJavaをやらない。カーネルをやる人間だ」。
そこでAIにプロンプトを渡してみると、最初の出力は「ひどいもの」だったという。しかしTorvaldsは「自分がCで書いた正しい実装がすでにある。見た目が悪いだけだ」と伝えると、AIは適切に仕上げてくれた。
「私は自分が苦手なことにAIを使う」
この一言が、彼のAI観を端的に表している。
バイブコーディングを「入門薬」として評価する理由
Torvaldsは「バイブコーディング(vibe coding)」を肯定的に評価している点も注目される。バイブコーディングとは、細かい仕様を決めずにAIに大まかな意図を伝えながらコードを生成させる開発スタイルを指す。
「多くの人がバイブコーディングをバカにするが、プログラミングの喜びを見つける素晴らしい方法だと思う」とTorvaldsは述べた。1981年にプログラミングを始めた当時と比べ、今のソフトウェアエンジニアリングのハードルは格段に上がっており、新人が「自分の努力に意味がある」と感じにくくなっている、という認識がその背景にある。
「AIはgateway drug(入門薬)だ」——これは元記事でTorvaldsが使った表現の直訳であり、「ここから本格的なプログラミングへの入り口になる」という意味合いで語られている。AIを単なる効率化ツールとしてではなく、プログラミング文化への入り口として捉えていることを示している。
ただし、同時に釘も刺した。「本物の重要なことをやるときはAIに慎重でなければならない」。趣味プロジェクトでの活用と、Linuxカーネルのような本番環境での活用は、まったく別の話だという。
Linuxカーネルにおける現実:維持管理者を疲弊させるAI
カーネル開発における現実はより複雑だ。Hohndel氏はSashikoというエージェント型のカーネルコードレビューシステムについて質問した。Torvaldsによれば、SashikoのレビューはすでにLinux Kernel Mailing List(LKML)に公開されており、一部のサブシステム管理者はパッチ受理の前提条件としてAIレビューを要求し始めている。
AIツールはセキュリティ上の問題や、長年見落とされてきた古いドライバのバグを検出できる。「コードベースは改善されている」とTorvaldsは認める。
しかし問題も明確だ。「維持管理者を追い詰めるほど問題になっている」。
Torvaldsが以前「mindless band-aid kind of patches(思慮のない絆創膏パッチ)」と呼んだように、もっともらしいが根本解決になっていないパッチや、作り込まれた偽のバグレポートが大量に流入し、人間が精査するコストが増大している。Linux Kernel Maintainer Summitでは前日の議論の4分の3がAI生成・レビューを「よりストレスなく有用にするか」に費やされたという。ボトルネックはパッチの量ではなく、レビュー担当者を消耗させずに質の高い作業を通すことだ。
Gitの誕生秘話と「予想外の成功」
Linuxの35周年にちなみ、Torvaldsは開発インフラの歴史も振り返った。初期のLinuxはtarballでパッチを配布するだけの原始的な方法で管理されていた。その後、分散バージョン管理を実現したBitKeeperを採用したが、2005年のライセンス問題で使用できなくなった。
Torvaldsはその代替としてGitを自ら開発。最初の動作するバージョンを11日で完成させた。
Gitの成功はTorvalds自身を驚かせている。2022年のStack Overflow開発者調査によれば、回答者の94%近く、プロ開発者では97%近くがGitを利用しており、事実上の標準となった。「Gitに対して過大な評価をもらいすぎることがある」とTorvaldsは苦笑する。Gitが世界標準になることは最初から意図していなかった、というのが正直なところのようだ。
カーネル開発の哲学:「地味な改善」を20年続ける
Torvaldsはリリースサイクルについても言及した。現在の9〜10週間サイクルを提案した当初、「三つ目が生えたか」というような反応だったという。それが今では「20年間、本当に安定して機能するモデル」になった。
「派手な機能ローンチを中心に組織すべき」という考えも否定した。「小さな変更を積み重ねることで、時間をかけて大きな機能になる」という哲学は一貫している。
AIがバグ発見・修正の仕組みを変えつつある中でも、Linuxの本質は「重要で安定したOSへの、速く小さな継続的改善」である、というTorvaldsの立場は変わっていない。
詳細は'I use AI to do the things that I'm bad at': Linus Torvalds on why it works for himを参照していただきたい。




