取材・文:白石 俊平(AI Professionals 編集長)
自社プロダクトの開発では、コードの実装は100% AIエージェントに任せ、レビューも一次チェックまではAIが担う。来年1月末にはソフトウェアファクトリーの実現を目指す——。
士業特化の転職サービス「LEGAL JOB BOARD」を運営する株式会社WILLCOは、人の介在が多い人材ビジネスを、AIエージェントやワークフローを前提に再設計しようとしている。VPoEの阿部忍さんが語ったのは、自動化の手応えだけではなかった。AIに任せる範囲を広げるほど、人がどこで判断に関わるのか、セキュリティやガバナンスとどう両立させるのかという問いも重要になっていく。
攻めと守りの両面から、その取り組みを伺った。
労働集約型の事業だからこそ、AIで自動化できる余地が大きい
── お名前と肩書き、普段のお仕事を伺えますか。
阿部: 株式会社WILLCO、VPoEの阿部と申します。エンジニアリングチームのマネジメントがメインですが、技術戦略、AI推進、セキュリティ、データ基盤の構築といった領域も横断的に見ています。CTOは現在不在ですので、一部CTO的なところも見ているかたちです。
── 御社の事業について教えていただけますか。
阿部: 人材業のビジネスを中心に展開しています。「LEGAL JOB BOARD」というサービスで、弁護士、司法書士、知財、土地家屋調査士といった士業に特化した転職サービスです。
我々の転職エージェントが求職者とクライアントをマッチングさせるわけですが、新たな取り組みとして、人材紹介業務そのものをAI前提で再設計し、AIエージェントやワークフローによって業務を処理するための基盤を構築を進めています。AIが得意な業務や、AIに任せたほうが品質を高められる業務はAIに任せる。一方で、候補者とのコミュニケーションや最終的な判断など、人だからこそ価値を発揮できる領域は転職エージェントが担う。そうすることで、エージェントがより価値の高い仕事に集中できる状態を目指しています。
人材紹介業はどうしても人の介在が多く、事業が伸びるほど業務量も増えていきます。だからこそ、一部の業務をAIで効率化するだけでなく、業務全体をワークフローとして捉え直し、AIと人がそれぞれ得意な役割を担える仕組みに変えていきたいと考えています。
── この事業の技術的な面白さは、どこにあるとお考えですか。
阿部: 労働集約型だからこそ、AIの進化によって自動化できる部分がかなり増えてきている。そこに携われるのが面白いところですね。
これまでのルールベースの自動化は、あらかじめ決めた条件や手順に沿った処理が中心でした。それが今は、候補者や求人、過去のやり取りといったコンテキストを踏まえて、AIが次に必要な処理や候補を提示できるようになっています。単発の作業を自動化するだけでなく、一連の業務をAIエージェントやワークフローとしてつなげられるようになった。そこが大きな変化だと考えています。
Human in the Loopをどう組み込むか
── 具体的に、何が自動化できるのでしょうか。
阿部: たとえば、我々のサイトに会員登録してくださったユーザーの方がいるとします。
今までは転職エージェントが「登録された」という通知を受けて電話をかけたり、メールを送ったりして日程調整をし、面談をする。面談が終わった後、その人の情報を元に合致する求人を探して提案する。そういうワークフローでした。
今進めている取り組みでは、こうした一連の業務をAIエージェントやワークフローを前提に組み直し、AIが得意な処理や、AIに任せることで品質が上がる部分を積極的に自動化しようとしています。
ユーザー登録のイベントを検知したら、AIエージェントがメールを作成・送信し、日程調整を行う。面談が終われば、その内容をAIが整理して必要な情報をデータベースに反映する。その情報を元に、別のAIエージェントが候補者に合う求人を探し、提案候補とその根拠を提示する。そうした一連の業務をAIエージェントやワークフローでつなぎながら、最終的な判断や、人だからこそ価値を出せる部分には人が関与する。そういう世界観を目指しています。
── 構築にあたって、苦労されているところはありますか。
阿部: まず難しいのは、業務の棚卸しですね。日々の業務には、経験や感覚に基づいて自然に判断していることが多く含まれていて、それを改めて言語化し、ルールやプロセスとして整理するのは意外と難しいんです。
── なるほど。とはいえ、すべてをAIに置き換えるわけではないのですね。
阿部: はい。すべてをAIに任せることを目指しているわけではありません。人材を扱う仕事だからこそ、人が関わることで生まれる価値があると考えています。
なので、Human in the Loopを前提に、AIが得意な処理はAIに任せ、人間はより価値を発揮できる領域に集中できる体制を目指しています。
Human in the Loop:AIの判断や生成物に対して、人間が確認・承認・修正を行う工程を組み込む設計。人間のフィードバックを、その後のルールやプロンプト、AIの評価・改善に活用する仕組みを含むこともある。
── 実際にはどのようなHuman in the Loopになりそうでしょうか?
阿部: 例えば、候補者との面談は人間が行う前提です。
一方で、候補者に提案する求人については、まずAIエージェントが候補とその根拠を提示し、人間が内容を確認して承認する。承認できない場合には、「なぜこの求人は適切ではないのか」という理由も記録していきます。
「この求人は候補者の希望と合っていない」「この候補者はここを重視しているが、この求人では満たせていない」といった判断理由です。
そうした人間の判断やフィードバックを蓄積し、次回以降のAIの判断やルール、プロンプトなどの改善に反映していくことで、継続的に精度を高めていく。そういうループを構築しようと考えています。
── 否認する場合は理由もきっちり書く。それが次の改善につながっていくわけですね。
去年の6月から、コーディングをしないと決めた
── 普段のプロダクト開発は、どんな体制で進めていらっしゃいますか。
阿部: エンジニアは全体で9名(うち1名は業務委託)で、LEGAL JOB BOARDの開発は少数精鋭チームが担っています。それ以外のメンバーは、社内業務の自動化プロジェクト、データ基盤の構築、データ分析、サイバーセキュリティなどに関わっています。
開発に関しては、去年(2025年)の6月から、「人間はコードを書かない」と決めています。実装は100% AIエージェントに任せて、人間はレビューや設計、判断に集中するという方針です。
── 去年の6月から! それは早いですね。
阿部: はい、今ほどコーディングエージェントの能力が高くない頃から、コードの実装は100% AIエージェントに任せる方針で開発しています。
今はコードの一次レビューまで自動化しています。二次レビューは人間が行いますが、一次レビューはAIに任せて、その結果を人間が確認し、必要に応じてフィードバックを返しています。
そうしたフィードバックを蓄積して、レビューのルールやプロンプト、評価基準などを継続的に改善し、レビュー精度を高めているところです。
── レビュー用のAIエージェントがリジェクトしても、すぐにはコーディングエージェントに書き直しをさせずに、一旦人間が挟まって、レビュー結果をレビューしているんですね。
阿部: はい、おかげでだんだん精度は上がってきていますが、まだ完全自動化を任せられるほどの精度にはなっていないかなと思います。このレビュー自動化の運用が本格化したのが今年の6月くらいからなので、AIのレビューが適切だったかを評価できる事例が、まだ十分に蓄積できていません。あと、(コード品質が高くて)レビューエージェントからの指摘事項が少なすぎて、逆に評価するデータが取れていないみたいなところもあります。
── 指摘事項がないのは普通いいことですけどね(笑) ただ、レビューエージェントを鍛えるという観点だと、少ないと困ってしまいますね。
阿部: そうですね。実装やレビューだけでなく、デザインもClaude Designを使って自動化を進めています。こうした開発工程全体の自動化を進め、来年1月末をめどにソフトウェアファクトリーの実現を目指しています。
ソフトウェアファクトリー:要件定義から実装・テスト・デプロイまでの工程を標準化・自動化し、ソフトウェアを継続的に「製造」できる状態にした開発体制のこと。
── ソフトウェアファクトリー! 素晴らしいチャレンジですね、ワクワクします。
AI活用とセキュリティを、どう両立させるか
── 全社のAI推進を進める中で、理想と現実のギャップがあれば率直に教えてください。
阿部: 理想としては、全社員がClaudeなどのAIを日常的に活用し、必要に応じてClaude CodeやCodexのようなエージェント機能も使いながら、自分たちの業務を効率化・自動化していく状態を目指しています。
一方で、AIエージェントに自由度を持たせるほど、社内データへのアクセスや認証情報の扱いなど、セキュリティやガバナンスの設計が重要になります。現状は、利便性だけを優先して自由に使える状態にするのではなく、安全に利用できる範囲を見極めながら段階的に展開しています。
── 具体的には、どういうところが論点になるのでしょうか。
阿部: たとえばGoogle DriveやNotionなどの社内データにAIがアクセスして、必要な情報を収集・分析できれば、生産性はかなり上げられると思っています。ただ、そのためには、機微な情報や個人情報がどこにあり、誰がどこまでアクセスできるのかを整理した上で、AIにどの範囲までアクセスを許可するかを設計する必要があります。
そのため、現時点ではGoogle DriveやGmailなどに無制限に接続できるようにはせず、情報管理やアクセス制御を整備しながら、利用できる範囲を広げているところです。
── Claude Codeで、みんなが自分の業務に必要なアプリケーションを作って生産性を上げている、という事例もありますよね。
阿部: そういう状態を目指したいと思っています。ただ、CodexやClaude CodeのようなAIエージェントに自由度を持たせるほど、認証情報をどう安全に扱うか、プロンプトインジェクションのような攻撃にどう備えるか、といった課題が増えてきます。
AIエージェントの価値を最大限に引き出そうとすると、Google DriveやNotion、社内システム、さまざまな外部サービスと連携できるようにしたくなります。一方で、接続先や権限を自由にしすぎると、会社が把握していないサービスと連携したり、意図しない範囲のデータにアクセスしたりするリスクも出てきます。
だからといって、接続先や権限を厳しく制限しすぎると、AIエージェントを使うメリット自体が小さくなってしまう。なので、安全に使える接続先や権限の範囲を会社側で設計し、その中でどこまで自由度を高められるかを考えています。そこが理想と現実のギャップですね。
── 同じテーマに向き合っている企業様の例もよく聞きます。御社では、どのような取り組みをされていますか?
阿部: ClaudeなどのAIツールを直接使ってもらう取り組みと並行して、n8nなどを使って、利用者がAIを強く意識しなくても業務を自動化できる仕組みづくりも進めています。
また、ツールを導入するだけではなく、研修を実施したり、いつでも質問できる環境を整えたりと、全社員のスキルアップにつながるサポートも行っています。
さらに、エンジニアだけで進めるのではなく、事業部のメンバーにもAI推進チームに入ってもらい、実際の業務の中でどうAIを活用していくかを一緒に考えています。
全社的なAI活用の効果を、どう評価するか
── 全員にツールを使わせるのは、それなりにお金がかかります。何のために普及させるのか、ゴールはどう定義されているんでしょうか。
阿部: そこがすごく難しいんですね。個別の業務であれば、作業時間が何分短縮されたかといった形で効果を測れますが、全社的なAI活用になると、効果がさまざまな業務に分散するので、単純に生産性が何%上がったと示すのは難しいと感じています。
人材紹介業務自動化のプロジェクトでは、業務ごとの所要時間を計測して、費用対効果や実現可能性を見ながら優先順位をつけています。一方で、全社員に提供しているAIツールは、資料作成や調査、文章作成、日々の細かな業務など、使われる場面が非常に多岐にわたります。
例えば、ある作業が1〜2分短縮されたとしても、一つひとつを計測するのは現実的ではありません。ただ、それが日々さまざまな業務で積み重なることで、全体として大きな効果につながると考えています。
── それでも投資を続けるという判断は、どこから来ているんでしょうか。
阿部: AIを使いこなす力は、これからのビジネスパーソンに欠かせないスキルになっていくと考えています。これはもう広く共有されている認識だと思います。
だからこそ、短期的な費用対効果だけでは測りきれない部分があっても、社員が日常的にAIを使い、試行錯誤できる環境を用意すること自体が、会社として必要な投資だと考えています。
そのため、ClaudeなどのAIツールの利用料についても、単なるツールコストではなく、AIを活用できる組織をつくるための基盤投資として捉えています。
── なるほど、御社として、絶対に必要な投資と捉えているわけですね。
AIガバナンスを、仕組みとして実装する
── 先ほど、セキュリティや権限周りのお話が出ましたが、AIガバナンスについて、ベストプラクティスはありますか。
阿部: まずClaudeについては、エンジニアと非エンジニアで組織自体を完全に分けています。
エンジニアと非エンジニアでは、AIエージェントに許可したい操作や権限がかなり違います。ClaudeのTeamプランでは組織単位で管理設定を適用できるため、それぞれ別の組織にすることで、エンジニア向けと非エンジニア向けで異なるセキュリティポリシー(マネージド設定)を適用しています。
特に非エンジニア側については、AIエージェントができる操作をかなり制限した設定にしています。
さらに、AIツール側の設定だけに依存するのではなく、社内端末からの通信についても、DNS・HTTP・ネットワークの各レイヤーで制御しています。
AIツール側の権限制御とネットワーク側の制御を組み合わせて、複数のレイヤーでガードレールを設けています。
マネージド設定:Claude Codeで、組織の管理者が利用可能な機能や権限、セキュリティポリシーなどを一括して設定し、ユーザー側から変更できない形で適用するための仕組み。
── なるほど。
阿部: あとは、AIエージェントを使った開発では、サプライチェーン攻撃への対策も重要だと考えています。エンジニアについては、開発上どうしても外部パッケージを利用する必要があるため、Takumi GuardやSocket Firewallなどを活用しながら、安全性を確認したうえで利用できるようにしています。
一方で、非エンジニアにも同じ運用をそのまま求めるのは現実的ではありません。そのため現状は、非エンジニアの環境からパッケージリポジトリへ直接アクセスできないようにしています。
ただ、単純に利用を禁止したいわけではありません。非エンジニアでも、安全性を確認したうえでパッケージを利用できる仕組みはすでに構築していて、現在は展開に向けた準備を進めています。
全員に同じ制御をかけるのではなく、利用者の役割や必要な自由度に応じて、できるだけ安全性と利便性を両立できるように設計しています。
サプライチェーン攻撃:ソフトウェアが依存する外部ライブラリやパッケージに悪意あるコードを混入させ、それを取り込んだ開発者や利用者を攻撃する手法。
── なるほど、勉強になります。
阿部: MCPについても、安全に利用できるように、MCP Gatewayという仕組みを自前で構築して、利用できるMCPや接続先を一元的に管理しています。また、外部サービスと接続するための認証情報はユーザーのクライアント側には持たせず、MCP Gateway側で管理するようにしています。利用者は認証情報を直接扱わなくても、会社が許可したMCPを安全に利用できる仕組みにしています。
エンジニアが、開発だけで終わらない環境を
── 最後に、読者に向けて一言お願いします。
阿部: 人材ビジネスは人の介在が多く、労働集約的になりやすい事業です。だからこそ、AIによって業務のあり方そのものを変えられる余地が非常に大きいと思っています。
我々はそこに積極的に投資していて、単に一部の業務を効率化するのではなく、AIと人の役割を再設計しながら、人材ビジネスそのものを変えていくチャレンジができる環境があります。
また、これまでは事業側のメンバーがPdMを担っていましたが、現在はエンジニアからPdMへ職種変更し、エンジニア組織のメンバーとしてPdMを担っている者もいます。エンジニアが開発だけに閉じるのではなく、プロダクトや事業など、より広い領域にチャレンジできる環境をつくってきました。
これからエンジニアとして、開発だけではなく事業やプロダクトにも関わっていきたい方や、AI時代に自分のキャリアの幅を広げていきたい方には、面白い環境だと思います。興味を持っていただけた方と、一緒に働けたら嬉しいです。
プロフィール
阿部 忍(あべ しのぶ)
VPoE
株式会社WILLCO
士業特化の転職サービス「リーガルジョブボード」を運営する株式会社WILLCOのVPoE。 エンジニアリング組織のマネジメントに加え、技術戦略・AI推進・セキュリティ・データ基盤構築を横断的に統括する。
聞き手:
白石 俊平(しらいし しゅんぺい)
編集長
AI Professionals
Hajimari株式会社 シニアプロダクトマネージャー。 AI Professionals編集長として、AIエンジニア・テックリーダー向けメディアを運営。 元TechFeed創業者・CTO歴任。html5j創設、HTML5 Conference主催。




