10月17日、OpenAIが「How Itaú is building generative AI for its entire customer base」と題した記事を公開した。ブラジル最大手銀行Itaú(イタウ)がOpenAIのモデルを活用し、最終的に約7,000万人の顧客への生成AI展開を目指す取り組みを詳述した内容だ。「技術はほぼ気づかれないくらいでちょうどいい」——この言葉がプロダクト設計からガバナンス基盤まで一貫した思想として貫かれており、金融機関における生成AI活用の一つの到達点として読める。
「技術を消す」という設計思想
Itaú CTOのCarlos Eduardo Mazzei氏が掲げるゴールは、テクノロジーを目立たせないことだ。「シンプルで直接的、そして有用であること——技術はほぼ気づかれないくらいでちょうどいい」と同氏は語る。
Itaúが自社で実施した調査(Grupo Consumotecaとの共同調査)によれば、ブラジル人の80%が自分の家計をより良く管理したいと思っており、65%が財務的なコパイロット機能を求めている。この需要を受け、銀行は2024年から生成AI機能の展開を本格化させた。
「技術を消す」という発想は、Appleが長年ハードウェア設計に適用してきたアプローチとも共鳴する。金融サービスの文脈では、金融庁が推進するデジタル・分散型金融への対応方針でも「利用者中心の設計」が明示されており、技術の透明性を意図的に下げることでユーザーの心理的障壁を取り除く手法は、規制当局の関心とも方向性が一致している。
顧客向け:会話AIアシスタント「ia.i」
2024年に特定の金融ニーズ向けに提供を開始した「Inteligência Itaú」の次の段階として、ia.i(アイエーアイ)が登場した。テキストと音声で操作できる会話レイヤーで、当座預金・クレジット・カード・保険などのサービスを1つの環境に統合している。WhatsApp経由での取引にも対応する。
このプロダクトの中核にあるのがCustomer DNAだ。約7,000万人の顧客の生活習慣・ニーズ・ライフステージを表現する金融コンテキストの層で、GPTモデルがこの情報の維持・強化に関与している。インタラクションが増えるほど、応答の精度が上がる仕組みだ。なお、元記事では使用するGPTモデルの具体的なバージョンについての明示はない。
モデル選定において重要だったのは、単一モデルではなく複数モデルを使い分けるという判断だ。Mazzei氏は「コストとレイテンシが重要なシンプルなケースから、推論と適切なグラウンディングが必要な複雑なケースまで、一つのモデルで対応するのは難しい」と説明する。レンジを持たせることで、1つのプロダクトとして完結した体験を提供できるようになった。OpenAIが提供するモデルのラインナップは用途別に複数系統に分かれており、こうした使い分けを想定した設計になっている。
第1フェーズは約30万人の顧客を対象に展開しており、実際の利用行動を学習しながら拡張を進めている。2026年末までに全顧客7,000万人への提供を目指す。
裏側の基盤:ガバナンスプラットフォーム「IARA」
スケールを支えるのが、銀行内製のオーケストレーション基盤IARA(イアラ)だ。各チームが内部ポリシーに沿って複数のAIモデルに安全にアクセスできる環境を提供する。OpenAIはIARAが利用できるモデルプロバイダーの1つとして組み込まれている。
IARAが同時に解くのは3つの課題だ:
- トークン単位のコスト管理
- 応答精度の担保
- 責任あるAIポリシーの適用
法務部門での活用事例が具体的な数字を示している。9,000万件超のドキュメントを対象に文書の読み取り・分析・解釈を自動化しており、月間200万タスク以上を処理。部門のプロセスによっては20〜80%の効率改善を達成している。
「この情報が銀行の文脈の中に保持され、セキュアかつガバナンスの効いた方法でモデルにアクセスし、トークン効率を把握することが、ソリューション全体の経済的な成立に不可欠だ」とMazzei氏は説明する。
金融業界は規制が厳しく、ガバナンス基盤なしにスケールすることはリスクが高い。IARAはその問題に対する同行の回答だ。日本においても金融庁がAIの利用に関するガイドライン整備を進めており、ガバナンス層の先行構築という発想は国内金融機関にとっても無縁ではない。
行内向けAI活用:関係マネージャーの生産性向上
ia.iと同じ知能レイヤーは、顧客だけでなく行員側にも展開されている。関係マネージャーや専門家チームが使うユースケースは、面談前のサマリー作成、案件の事前調査、代替案の提示など多岐にわたる。
Itaúが掲げる目標は数字で示されている:顧客との関係構築に使える時間を3倍、対応速度を最大2倍、会話の質を最大3倍に高めること。
エンジニア・リーダー向けの示唆
Itaúが本記事でまとめている実践的な学びは以下の通りだ:
- 経験のシンプルさで測る。技術の洗練度ではなく、顧客が気づかないくらい自然に使えるかどうかが基準。
- ガバナンス層をスケール前に作る。観測可能性、コスト管理、責任あるAIは後付けではなく設計の一部。
- バイアスと文化的整合性をプロダクト要件として扱う。顧客への応答は金融機関の価値観を反映する必要がある。
- トークン効率を初日からモニタリングする。経済的な成立はデザインの問題。
詳細はHow Itaú is building generative AI for its entire customer baseを参照していただきたい。




