10月22日、Ars Technicaが「The $15 billion ad-powered AI startup your doctor may already be using」と題した記事を公開した。医師が自発的に選ぶAIツールでありながら、製薬広告を収益源とし、第三者研究では汎用AIに劣るという評価も出ている——評価額150億ドルという数字と、その実態の間に横たわる矛盾が鮮明になっている。
医師が使うAIツールの裏側に「広告モデル」
医師がAIツールを選ぶとき、そのツールの収益源を気にするだろうか。OpenEvidenceはまさにその問いを突きつける存在だ。
OpenEvidenceは、医師向けの臨床意思決定支援AIとして普及しつつあるプラットフォームだ。鑑別診断の候補列挙、薬剤の選択・用量確認、最新のガイドラインや医学文献への即時アクセスといった臨床シーンで使われており、日常的な処方判断から複雑な症例の文献参照まで幅広く活用されているとされる。その評価額は150億ドルに達している。
特徴的なのは、病院やクリニックからシステム利用料を徴収するのではなく、製薬企業などの広告収益を主な収益源としている点だ。医師が診断・処方を検討する場面で参照するツールが、製薬広告主から資金を得ているという構造は、医療情報の中立性という観点で根本的な緊張関係をはらんでいる。推奨される薬剤や治療選択肢が、エビデンスではなく広告主の意向に沿って最適化されているのではないかという疑念は、構造上避けがたい。
同社CEOのNadler氏は、最終的な目標として「文献ベースのドラッグディスカバリー(literature-based drug discovery)」——科学文献のデータマイニングから新薬の知見を得る手法——を掲げており、「その経済的価値は、病院や広告主から得られる収益を桁違いに上回る」と述べている。広告モデルはあくまで現時点の収益手段であり、将来的には創薬支援へのピボットを見据えているようだ。
医師の「自発的採用」が差別化の根拠
投資家であるThrive CapitalのパートナーNworah Ayogu氏は、OpenEvidenceの強みをこう語る。
「医師たちが自らの意思でこのソフトウェアを採用・使用しているという事実は、OpenEvidenceが本当に頼れる差別化の証だ」
病院のIT部門が強制導入したツールではなく、現場の医師が自発的に選んでいるという点は、確かに競争優位の根拠となりうる。電子カルテシステムのように施設側の意思決定で導入されるソフトウェアとは異なり、ボトムアップで普及しているという事実は、少なくとも現場の医師にとっての使い勝手の良さを示唆している。
また、Anthropicの研究開発部門に所属する研究者Alexander Tarashansky氏が同社に参画し、臨床業務の支援にあたっていることも明らかになっている。なお、元記事における同氏の肩書きについては、原文の正確な表現を確認されたい。
競合との比較:OpenAI・Anthropicも参戦
医療AIの領域にはOpenAIも「ChatGPT for healthcare」として参入済みであり、Anthropicも医療向けツールをリリースしている。なお、AnthropicはOpenEvidenceと提携し、低・中所得国100カ国へのツール展開を進めているという、やや複雑な関係にある。競合他社が同時に提携先でもあるという構図は、この市場の流動性と各プレイヤーの思惑の複雑さを示している。
Nadler氏は「ベンチマークで競うことは楽しい競争ではあるが、どのAIツールを医師が信頼し使用しているかに疑問の余地はない」と強気の姿勢を見せている。
有効性への疑問:投資家でもあるMayo Clinicの研究が示す限界
OpenEvidenceの有効性については、評価が割れている。
投資家でもあるMayo Clinicの研究では、サンプリングされた5つの患者ケーススタディすべてにおいて「正確かつ証拠に基づいた推奨を提供した」と評価された。ただし、実際の治療方針への影響は限定的だったとも記されている。
ここで見落とせないのは、この研究を実施したMayo Clinic自体がOpenEvidenceの投資家であるという点だ。研究の結論が好意的である以上、その独立性には疑問符がつく。医療AIの評価においては、資金提供者や利益関係者から独立した第三者機関による検証が不可欠であり、この研究単体をもって有効性の証拠とみなすことには慎重であるべきだ。
一方、2025年6月にNatureに掲載された論文では、臨床ベンチマークにおいてGoogleのGeminiやOpenAIのGPTといった汎用AIモデルを下回るという結果が示された。医療特化を謳うツールが、汎用モデルに性能で劣るという結果は、「専門特化=高精度」という直感的な期待に反するものだ。
NYU LangoneのNeurosurgeon(神経外科医)Eric Oermann氏は、個々のAIツールのパフォーマンスに関する研究が不足しており、臨床現場での導入指針もほとんど整備されていないと指摘する。さらに、経験の浅い医師がOpenEvidenceのようなシステムに過度に依存し、特定の疾患や治療選択肢に関する基礎知識の習得を疎かにしてしまうリスクへの懸念も広く共有されている。
評価額150億ドルの根拠が「医師の自発的採用」と「将来の創薬ポテンシャル」である一方、現時点の収益は製薬広告に依存し、有効性の評価も一致していない。投資家が検証研究を担うという利益相反の構造、そして汎用AIに劣るとの独立研究の存在——医療AIが本当に使えるツールになるには、ベンチマーク競争よりも臨床での独立した検証と透明性が問われることになる。
詳細はThe $15 billion ad-powered AI startup your doctor may already be usingを参照していただきたい。




