10月21日、Pete Evans(AtosのAIトランスフォーメーション担当VP)が「Stop choosing the wrong Agentic AI use cases」と題した記事を公開した。AIを大規模導入した組織のうち、**企業レベルの財務的インパクトを報告できたのはわずか39%**——McKinseyの2025年調査が示すこの数字が、記事全体の問題意識を象徴している。エージェントAIのユースケース選定で多くの組織が陥る失敗パターンと、価値を正しく測定するための実践的な判断軸について、Evansが詳しく論じている。
「AIが答えなら、問いは何か?」という逆転現象
Evansは冒頭で、いわゆる「ハンマーの法則」として広く知られる格言——「持っているのがハンマーだけなら、すべてがクギに見える」(一般にMaslowの言葉として引用されることが多いが、出典には諸説ある)——を引いて議論を始める。エージェントAI(複数のツールやAPIを自律的に呼び出してタスクを完遂するAIシステム)が企業の「万能ハンマー」になりつつある現状への警鐘だ。
ChatGPTの登場以降、多くの組織はAIツールを全社展開したが、目標も基準値も定めないまま導入を進めた。社員はすぐに働き方を変えたが、ベースラインが存在しないため何が改善したか証明できない。「メールをChatGPTに書き直させると何分節約できるのか?」——そもそも誰も測っていなかった。
冒頭で触れたMcKinseyの39%という数字は、こうした状況の帰結だ。Evansはこれを「多くの組織が陥っている袋小路」と位置づけており、いわば「AIへの投資が拡大するほど、その効果を証明できない組織が増える」というパラドックスとも言える状況だ。
計測の3層構造——ほとんどの組織が最初の1層で止まっている
Evansは、AIの価値を測る層を以下の3つに整理する。
- 採用(Adoption):使っているか?
- 行動(Behavior):仕事のやり方が変わったか?
- 成果(Outcome):営業担当一人あたりの売上、エンジニア一人あたりのチケット解決数、レビューのサイクルタイム
ほとんどの組織は「採用」だけを測る。「AIを使っている社員は成績が良い」という相関は取れても、なぜ良いのかがわからない。因果を見極めるには、中間の「行動層」を捉えることが不可欠だ。
行動層を把握するとは、たとえばこういうことだ。「AIを使って顧客レポートを従来の半分の時間で書けるようになった結果、空いた時間を電話営業に充てられるようになった。それが成約率の向上につながり、売上が上がった」——この連鎖が見えて初めて、AIへの投資が何をどう変えたのかを組織は説明できる。採用率という入り口の数字だけを追っている限り、この構造は永遠に見えてこない。
実際のワークフローは「紙の上の4ステップ」では済まない
Evansが特に強調するのが、ワークフローの実態把握だ。Atosで実際に遭遇した調達プロセスの話が具体的で刺さる。
書類上は4ステップのワークフローが、実際には約10ステップだった。 ERPシステム、Outlook、スプレッドシートを行き来しながら、データのコピー、返信待ち、手動再入力が繰り返されていた。
4ステップをベースラインに測定すれば間違ったプロセスを測ることになり、4ステップで設計したエージェントは10ステップのジョブを完遂できない。現場に張り付いて実態を把握しない限り、エージェントの設計も評価も根本から狂う。
この「書類と実態の乖離」は特定の組織の話ではなく、複数システムにまたがる業務フローを持つ企業であれば広く当てはまる構造的な問題だ。EvansがAtosでのプロジェクト経験から導いた教訓であるだけに、実務的な重みがある。
エージェントAIが適さないケースを先に除外する
ワークフローの実態を把握するメリットはもう一つある。「そもそもエージェントAIが必要か?」を判断できる点だ。
ルールが固定的な「if-then」型の処理なら、RPAやワークフロー自動化、あるいは単なるプロセス改善で十分なケースも多い。エージェントAIが本領を発揮するのは、文脈の解釈、複数ツールの横断的な調整、定義された境界内での意思決定が必要な場合に限られる。
エージェントAIの導入コストの経済性はまだ発展途上にある。それ自体が「本当に価値のあるケースのみに絞り込む自然なフィルター」として機能すると、Evansは指摘する。
コードを書く前に価値を証明する
ユースケースの候補が絞れたら、優先順位付けはROIだけで一本化しない。財務インパクト、実現可能性、プロセスへの影響、技術要件、人的影響、リスクの複数軸でスコアリングし、「キュー(順番待ち)」ではなく「ポートフォリオ」として管理する。
ROIが低くても早期に効果を示せるユースケースを先に動かしてエージェントへの信頼を積み上げ、2年スパンの高インパクト案件はその後に置く——という戦略だ。
導入後の「移行コスト」を見落とすな
Gartnerはこれを「トランジション・モーゲージ(移行の住宅ローン)」と呼ぶ。エージェントAIの導入は、従来型テクノロジーと比べて変更管理コストが大幅に高くなる傾向がある。具体的にはトレーニング工数が25%増、チェンジマネジメントは最大200%増になることもあるとされており、この「隠れた負債」を導入前の試算に組み込んでいる組織は少ない。
住宅ローンになぞらえた比喩が示すのは、エージェントAIへの移行が一時的な費用ではなく、長期にわたって返済し続けるコスト構造を持つという点だ。短期のROI試算だけで見切り発車すると、後から重くのしかかる変更管理コストに予算と体制が追いつかなくなる。
EvansはAtosでの失敗も正直に明かしている。各地域・各チームが同じ課題を解決するツールを独自に開発し、コストと工数が重複していた。ツールの品質の問題ではなく、監視・統制の欠如が原因だった。
まとめ:エージェントの数ではなく、変化の証明が指標
Evansの結論はシンプルだ。エージェントAIの価値は、デプロイしたエージェントの数では測れない。仕事が実際に変わったか、そしてそれを組織が証明できるかどうかで測る。
経営幹部(C-suite)が取るべき行動は、ユースケースを絞り、ベースラインを正確に測り、コードより先に価値を証明し、導入後のコミュニケーション・採用・計測・スケールに予算を確保することだ。「何を導入したか」ではなく「何が変わったかを証明できるか」——この問いを持てる組織だけが、エージェントAIへの投資を本当の意味で回収できる。
詳細はStop choosing the wrong Agentic AI use casesを参照していただきたい。




