「アパレルの需要予測をAIで行う」というユニークなプロダクト「Vestory(ベストリー)」を運営するのは、株式会社ハイクリだ。
需要予測という、極めてデータ駆動なプロダクトの分野に、生成AIはどのような変化をもたらしたのか。
今回は株式会社ハイクリの代表取締役の兼松洋輔氏、取締役CTOの萩原 麗生 氏に、AI/機械学習プロダクトのリアルを詳しく伺った。
「流行りの予測は、していません」
── まずは自己紹介をお願いします。
兼松: 株式会社ハイクリの代表の兼松です。開発側は萩原がやってくれていますので、私は事業全体の戦略を立てたり、人員を採用したりなど、様々な分野を担当しています。
萩原: 取締役CTOの萩原です。業務としては開発全般を行っています。
── 御社の事業について簡単に教えてください。
萩原: Vestoryは、アパレル小売り向けのマーチャンダイジング(※)支援システムです。需要予測を各社に対して行って、それで発注や在庫の管理を支えていく。それによって売上や粗利を改善していく、BtoBのプロダクトになっています。
マーチャンダイジング(MD):商品の仕入れから在庫の配分、販売計画までを管理する業務。アパレル小売の中核をなす
── この事業の面白さはどこにあると思いますか。
萩原: 1番大きいのは、やはり需要予測をしているというところです。技術的な中でも、特に機械学習寄りの話になります。
アパレルって、かなり先が読みにくい領域なんです。しかも、かなり多様です。カテゴリーだったりブランドだったり、様々な商品がある中で需要予測をして最適化をする。これはかなり難しい領域ではあるので、その難しさゆえに面白さはあるかなと思っています。
── 服って無限のバリエーションがありますよね。そのバリエーションごとに、需要も結構変わったりするんですか。
萩原: そうですね。まず、どれぐらいバズっぽい商品かというのが1つあります。例えばキャラクターが描かれているTシャツみたいなものだと、最初にガッと売れて、その後は人気が下がりやすい傾向にあります。
ある程度定番のものだともうちょっと緩やかに売れていきます。もちろん服によっても違いますし、季節性も大きい。スカートなのか、ズボンなのか。あるいはブランドのペルソナが若年層向けなのか、もう少し上の層向けなのか。そういう要因でかなり変わってくるので、かなりの組み合わせ数になるんですよね。
*── パラメータがすごく多いですね…!あとは、例えばパリコレとかもめちゃくちゃ影響があるわけですよね。ファッションリーダーたちの動向も重要になってくるんですか。*
萩原: もちろん重要なんですけど、流行りを予測するみたいなことはしていません。かなり不可能に近いからです。
いま弊社が注力している領域は、一旦販売開始をしてから、その商品をどう動かしていくかというところです。販売開始して、多少市場の反応が見えている状態から、その後の動きを予測していく。なので、できるだけ流行りの影響が少ない領域が現在のメインターゲットです。
1日1件だった実験が、10倍になった
── 需要予測のような処理は、以前は機械学習で実装するのが一般的だったかと思いますが、生成AIの登場で何か変わりましたか?
萩原: 基本的に、生成AIは数値の予測がかなり苦手なんです。LLMで、需要や時系列を直接予測していくのは、かなり難しいとされています。なので弊社も、需要予測自体は機械学習がまだまだメインです。
ただ、機械学習の学習ループは、生成AIのおかげで相当高速化されました。お客様からお預かりした膨大なデータに対して、様々なアルゴリズムを適用し、予測の精度を上げるよう日々実験を積み重ねているのですが、その実験が高速に回るようになりました。ここはLLM以前とはだいぶ違うところです。
── 従来のボトルネックは、どこにあったんでしょうか。なぜ生成AIのおかげで実験が高速化されたのでしょう?
萩原: 実験の方針を決めた後に、実験用のコードを書かなくてはならないことが多いんですが、そこがこれまで大きなボトルネックになっていたんです。コーディングは時間もかかるし、そういうコードってだいぶ煩雑になりがちなんですね。そこが生成AIのおかげで相当高速化されました。
── 従来に比べて、どれくらい高速化されたんでしょう?
萩原: 例えば1日に1件とかだったのが、軽く10倍ぐらいにはなっているかなと。
あと、これを並列で管理できるようになったのが、すごく大きいです。様々な実験のコードを並列で書けるようになった。アイデアさえあれば、コードを並列で書いてすぐに実験できるようになったのは、だいぶ大きいかなと思います。
── 10倍はすごいですね…!
カスタマーサクセスではなく、エンジニアをFDEとして送り込む
── プロダクトとして難しい点はほかにありますか?
萩原: Vestoryは、受発注や在庫管理など、お客様の基幹業務に入り込むシステムになっています。だからこそ、お客様ごとの個別性が非常に高い。
例えば実際の発注となると、基本的にお客様ごとにやり方が全然違う。なので、いかにお客様を理解し、個別最適を行っていけるかが重要です。
── その個別性に、どういう体制で向き合っているんですか?
萩原: 各社への導入を専門に行うチームがあります。そちらのチームを「ソリューションデリバリー」、プロダクトの共通部分を開発・改善するチームを「プロダクトグロース」というふうに分けています。
── なるほど、プロダクトを導入する企業ごとに、エンジニアチームをアサインしているんですね。
萩原: はい、カスタマーサクセスもエンジニアがやっています。そのほうが圧倒的にプロダクトの改善が速いので。なので、「プロダクトを前線でデプロイする」という意味では、今流行りの「FDE」と言ってもいいのかなと思います。
FDE(Forward Deployed Engineer):クライアント企業の現場に入り込み、自社の技術を顧客の業務に合わせて実装していくエンジニア職
「精度を良くしても、そこまで効かない」
── 本格的なAI/機械学習のプロダクトをお客様にご提供していらっしゃるわけですが、そういう点で難しいと思うことは何でしょうか?
萩原: そうですね。1つは、需要予測は精度を上げるのが極めて難しい領域なんです。
なので、「予測の結果が完全に正しいわけではない」という前提で、お客様に正しい期待値を抱いていただくことが重要です。
── 最悪、「システムを信じて発注かけたら失敗した」などの思いをお客様に抱かせてしまうかもしれませんよね。
萩原: そうなんです。なので、導入時のサポートを手厚くしたり、説明会をちゃんと開いて、そこでお客様としっかり対話するとか、そういうことがとても重要です。
こういうのって、実は予測精度を良くしていくという話とは別なんですよね。どこまで精度を高めても、お客様がサービスに不信感を抱いていたら意味がない。
AIプロダクトには、「結果の正確さ」に対する期待値をお客様の中にどう構築していくかが非常に重要です。
── そういう意味でも、先程おっしゃっていたFDEの役割も重要なわけですね。
「PdM的な人とエンジニア的な人は、融合しつつある」
── 最後に、エンジニア読者に向けて一言お願いします。
萩原: AI時代になって、PdM的な人とエンジニア的な人が、どんどん融合しつつあると感じています。元々PdM的な人は、どんどんエンジニアリングできるようになった方がいいですし、逆にエンジニアの皆様で言うと、もっと顧客に寄り添っていく必要がある。
これまでお話したように、弊社は顧客との向き合い方が極めて重要な企業です。なので、お客様と真摯に向き合うということに面白さを感じるエンジニアの皆様、よければお仕事をご一緒できると嬉しいです。
兼松: 会社としては、プロダクトが比較的軌道に乗ってきて、大手のお客様も含めて活用いただきつつあります。ここからはスタートアップとして、またひとつ新しいステージです。そうした成長フェーズに携わりたいというエンジニアの方には、ぜひ弊社に興味を持っていただきたいですね。
プロフィール
兼松 洋輔(かねまつ ようすけ) 株式会社ハイクリ 代表取締役。2024年5月に同社を創業。「アパレル・EC業界の総合インフラを作る」をミッションに掲げ、事業戦略の立案を中心に経営全般を担う。
萩原 麗生(はぎわら れお) 株式会社ハイクリ 取締役CTO。開発全般を統括し、採用も担当する。アパレル小売向けの在庫管理・需要予測AI「Vestory(ベストリー)」の開発をリードしている。




