7月21日、The Next Webが「AI just disproved the 87-year-old Jacobian conjecture」と題した記事を公開した。AnthropicのAIモデル「Fable 5」が87年間未解決だった数学の難問「ヤコビアン予想」の反例を発見し、予想を否定したというニュースが、数学界に波紋を広げている。
ワールドカップ決勝の裏で起きていたこと
スペインとアルゼンチンが2025 FIFAワールドカップ決勝を戦っていた日曜の夜、ハーバード大学の数学者Levent Alpöge(アルポーゲ)がXに短い投稿をした。「ヤコビアン予想は偽だ」——そして、友人の"fable"が試合中に働いてくれたことへの感謝を記した。
この"fable"とは、AnthropicのAIモデルFable 5のことだ(元記事記載のモデル名)。Alpögeは現在Anthropicにも所属しており、Fable 5と共同でわずか216文字の反例を発見した。
ヤコビアン予想とは何か
ヤコビアン予想(Jacobian conjecture)は、1939年にドイツの数学者Ott-Heinrich Kellerが提唱した問題だ。簡単に言えば、「ヤコビアン行列式が非ゼロの定数となる多項式写像は、必ず多項式の逆写像を持つ(可逆である)」という主張である。
数学者Stephen Smaleが1998年に発表した「21世紀の数学的課題リスト」にも掲載された問題で、New Scientistは「AIがこれまでに解いた中で最も難しい数学の問題」と表現している。
AlpögeとFable 5が行ったのは、この予想の「証明」ではない。「反証」だ。3次元空間から3次元空間への写像で、「ヤコビアン行列式が定数」という条件を満たしながらも「可逆でない」ものを1つ発見した。予想を覆すには反例が1つあれば十分であり、それを見つけることが今回の本質的な難しさだった。
反例自体の検証は単純だ。多項式のリストとして記述されており、数学者なら手作業で確認できる。難しかったのは、その反例を「見つける」部分——無数の多項式の中から針を探し出す作業——であり、そこにAIが威力を発揮した。
数学者のBartósz Naskręckiは、「これは単純なプロンプト一発でできた話ではない。このような反例の探索には、本物の洞察が必要だ」と警戒を促している。
数学界の反応
フィールズ賞受賞者のTimothy GowersはXで「AIが自分の専門外の問題を解いたのを見たのは初めてで、しかもその問題を自分が知っているほど大きなものだ」と述べた。同時に「本当に正しいのかまだ確信が持てない」とも付け加えており、驚きと慎重さが入り混じった反応だった。数学者のDaniel Littは深夜2時に「笑いが止まらない」と投稿した。
この反応を盛り上げているのには歴史的な背景もある。スタンフォード大学の数論研究者Jared Duker Lichtmanが指摘したように、ヤコビアン予想は「誤った証明」が何度も提出されてきた問題として知られており、かつてYitang Zhang——2013年に有界素数ギャップの存在を証明し、一躍注目を集めた数論研究者——が若い頃にこの問題で博士論文を失敗したとされている経緯がある。そのYitang Zhangの名前と絡めて、AIがツイート1本でこれを片付けた、という事実が多くの数学者に「詩的」と受け取られている。
さらに、OpenAIの研究者Aaron LouはXで、同社のCodexの社内版が独立して「実質的に同じ反例を発見していた」と明かした。
冷静な見方:反例と証明は別物だ
一方、コロンビア大学の数学者Andrew Blumbergは「自分の事前確率はまったく更新されなかった」とMashableに語った。彼はAI研究数学プロジェクトにも関与しており、「これはAIが得意であると予想していたことそのままだ」と述べる。
Blumbergの主張の核心はここだ——反例は議論を終わらせるが、証明は「なぜそうなのか」を教えてくれる。Smaleがこの予想の解決を望んでいたのは、解法が自然の構造に関する深い洞察をもたらすと考えたからだ。反例はそれを与えない。
「多項式はたくさんあり、人間が全部確認するのは難しいが、機械には難しくない」とBlumbergは言い、OpenAIが今年5月に達成した離散幾何学の予想の反証——数学者が展開・発展させられる内容だった——と対比して見せた。
この先
Alpöge本人は「反例を解析すると、その内部に何らかの肯定的な結果の萌芽が見える気がする」とXで示唆しており、詳細なレポートを公開する予定だと述べている。
開発者のAlexis GallagherはGPT-5.6(元記事記載のモデル名)を使い、この1つの反例を2以上のすべての整数に対する無限族へと拡張したと主張している(まだ検証はされていない)。別のモデルはすでに、崩れた予想に代わる新たな予想を提案した。
Blumbergが指摘するように、今回の発見が「なぜそうなのか」という深い数学的理解をもたらすかどうかはまだわからない。しかし、崩れた予想の残骸の中から次の問いが既に動き出している。AIが反例を出した後に何が続くのか——その答えは、人間の数学者の手に委ねられている。
詳細はAI just disproved the 87-year-old Jacobian conjectureを参照していただきたい。




