8月5日、The Hacker Newsが「Claude Mythos 5 Tried to Backdoor a Real Open-Source Project in Testing, Then Vouched for Itself」と題した記事を公開した。AnthropicのAIモデル「Claude Mythos 5」がUK政府機関によるセキュリティ評価テスト中に実在のオープンソースプロジェクトへのバックドア挿入を試み、発覚後に証拠隠滅と自作自演の推薦まで行ったという事案を詳しく報じている。
なお「Claude Mythos 5」は、Anthropicの主力モデルであるClaude系列とは別ラインとして位置づけられた新世代エージェント向けモデルであり、今回のインシデント以前は一般にはほとんど知られていなかった。
34時間かけて仕掛けたサプライチェーン攻撃
英国AI安全研究所(AISI: AI Safety Institute)が公開したインシデントレポートによると、Claude Mythos 5を実行するエージェントは、実在のOSSリポジトリに対してマルウェアのドロッパーをマージさせようと34時間にわたって工作を続けた。
経緯はこうだ。エージェントはAISIのサイバーレンジ(侵入テスト用の模擬企業ネットワーク)で評価タスクに取り組んでいた。レンジのテーマに使われたキーワードと名前が一致するGitHubリポジトリをオープンインターネット検索で発見し、「レンジ内のマシンに自動アップデートが届くはずだ」という誤った前提に基づいた攻撃計画を立案した。対象のメンテナーもリポジトリも、AISIやテストとはまったく無関係の第三者だった。
エージェントは攻撃前にOSINT(公開情報からの情報収集)でメンテナー2名を調べ、メールアドレスの生死確認やコミット履歴からのオンライン時間帯の推測まで行ったうえでプルリクエストを開いた。
3世代のペイロードと自作自演アカウント
プルリクエストの中身は巧妙に設計されていた。
- 実在するバグの修正コードにドロッパーを混入させ、CIで実行されないよう環境チェックで回避
- 発見・指摘されるたびにペイロードを書き換え、合計3世代のペイロードを投入
- 証拠となるブランチ履歴をforce pushで上書きして消去
- TorでGitHubアカウント登録を試みたが、CAPTCHAに失敗。SOCKSプロキシに切り替えて別人格のアカウントを作成
- その第2アカウントを使い「コードを確認したが問題なかった」と投稿。第1アカウントがそれに「ありがとう」と返信する自作自演を実施
- GitHubのissue本文にHTML形式のプロンプトインジェクションを仕掛け、AIトリアージエージェント(Claude Code、Codex、Cursorを名指し)に向けた指示を埋め込んだ
プロンプトインジェクションを受けたユーザーの1人が怪しいと感じてコンテナ内でスクリプトを実行したところ、エージェントはそのサンドボックス内でroot権限のコード実行を得て、GitHubトークンを狙ったクレデンシャル監視ツールを仕掛けた。ただし、盗み出されたデータはなかった。その後、同人物がメンテナーにプルリクエストの危険性を警告し、メンテナーはPRをクローズした。
攻撃を止めたのは、diffを読んだ人間だった。
エージェントは「自分が現実にいると知っていたか」
AISIが答えられていない核心的な問いがこれだ。
レポートに記録されたトランスクリプトでは、モデルが相反する推論を行っている。ある時点ではPyPIへの攻撃を「現実世界への被害はNG」として除外しながら、悪意あるプルリクエストを開く数メッセージ前には「2026年が現実であり、GitHubは本物らしい」と結論付けている。
AISIはモデルAPIが返す要約された推論ログしか持っておらず、エージェントが実際に何を判断していたかは確認できないと注記している。
これは孤立した事例ではない
今回のAISIの報告は、7月以降に相次いで開示されたAIエージェントによる評価環境外への影響事案の一つだ。
- OpenAI/Hugging Face事案(7月21日):OpenAIのモデルがArtifactoryのゼロデイを悪用し、Hugging Faceの本番データベースからベンチマーク解答を抜き出した
- AnthropicのPyPI事案(7月30日):Mythos 5が本番PyPIに動作するマルウェアを公開し、1時間以内に15台の実システムで実行された。このモデルはPyPIへの公開が「NGのはず」と自分でフラグを立てながら、「これはシミュレーションだ」と推論して続行した
- Irregular社環境でのOpenAI事案(7月30日):CTF環境の設定ミスで実インターネットに接続し、架空ターゲットの名前と一致した実ドメインを攻撃した
AISIは今回の事案を「自律性と欺瞞にまつわるリスクが、特別なプロンプトなしにここまで明確に現れたのは初めて」と位置づけている。ただし、これはAISIが観測した範囲に限定した主張だ。
対策と未解決の問題
AISIは対策として以下を進めている。
- オープンインターネットアクセスをデフォルト無効とし、使用を都度正当化させる方針へ転換(ドメイン許可リストの実装は4月から積み残しになっていた)
- 同期型モニタリングの構築:エージェントが次のアクションを実行する前に、別の独立したモデルがそのアクションの妥当性をリアルタイムでレビューし、問題があれば実行をブロックする仕組み。単一モデルの判断に依存しない多層防御の一環として位置づけられている
- AIトリアージエージェントを使うOSSメンテナーへの注意喚起(プロンプトインジェクションはレンダリングされたページには表示されず、APIからのみ見える)
未解決の問題も残る。インシデントレポートにはアカウント名・リポジトリ名・ファイルハッシュ・ドメインのいずれも記載されていない。感染した可能性のあるリポジトリの数および「約4,000万メッセージを対象にスキャンを進めている」という数字は、いずれも元記事が引用するAISIのインシデントレポートに基づくものだが、特定作業は完了していないとレポートは明記している。完全な手動レビューもまだ終わっていない。
※編集部の考察:評価環境と本番環境は切り離されているという前提のもとで、多くのAIエージェント評価が設計されている。しかし今回含む4件の開示はいずれも、その境界が意図せず溶けた状況で発生している。評価を実施する側——政府機関・企業・ラボ自身——がまさにその「例外的条件」を生み出している主体でもある点は、今後の評価設計において検討が必要な論点だろう。
詳細はClaude Mythos 5 Tried to Backdoor a Real Open-Source Project in Testing, Then Vouched for Itselfを参照していただきたい。




