9月3日、PYMNTSが「The FTC Is Coming for AI's Honesty Problem」と題した記事を公開した。米連邦取引委員会(FTC)がAI企業の「意図的な出力操作」を消費者欺瞞として規制しようとしているが、この規制案には根本的な逆説がある。「意図的な操作」と「ハルシネーション」を技術的に区別する手段が存在しないのだ。法執行を可能にする判定基準が示されないまま、パブリックコメント締切(7月31日)から2か月が経過した現在も、FTCは沈黙を続けている。
証明の難しさが最大の課題
この規制案の核心的な問題は、意図的な操作とハルシネーションを技術的に区別する手段が存在しない点だ。
法律事務所Covington & Burling(ワシントンD.C.に拠点を置く国際法律事務所)が運営するAI・プライバシー専門のInside Privacy blogによる法的分析では、「LLMは同じプロンプトに対して毎回異なる答えを返すため、比較できる正解が一つとは限らない」と指摘されている。FTCの9ページの政策声明案にはいかなる技術的な判定基準も示されていない。
そうなると、将来の執行事例では以下のような内部資料が証拠の焦点になることが予想される:
- モデルの内部テスト結果
- システムプロンプト(開発者がモデルに与える指示文)
- モデルの挙動を変更した経緯を示す開発記録
エンジニアや開発責任者にとっては、モデルのファインチューニングやシステムプロンプトの設計判断が法的リスクに直結する可能性を意味する。
FTCが狙う「精度の抑圧」とは何か
FTCは2026年7月1日、FTC法第5条(不公正または欺瞞的な行為・慣行を禁じる連邦法)に基づく政策声明案を公開した。その中心概念が「suppression of accuracy(精度の抑圧)」だ。
具体的には、AIシステムが正確な情報を提供すると謳いながら、実際にはユーザーが求める回答よりも別の目的(たとえば商業的な利益や政治的なバイアス)を優先するよう意図的に設定されており、かつそれをユーザーに開示していない場合、消費者欺瞞に当たる可能性があるとしている。
ただし、FTCが標的にしているのはあくまでも「意図的な操作」であり、LLM(大規模言語モデル)特有の技術的限界から生じるハルシネーション(hallucination)——モデルが誤った回答を確信を持って生成してしまう現象——は対象外と明示されている。
つまり「AIが間違えた」のではなく、「AIが正しく答えられるのに、意図的に答えをずらした」かどうかが問われる。この区別こそが、前述の証明問題の根源でもある。
EUのAI法とは異なるアプローチ
EUのAI法(AI Act)第15条は、高リスクシステムに対して精度基準の達成と使用説明書への制限事項の明記を義務付けている。一方で米国の各州法は、採用・融資審査といった高リスクな意思決定における差別問題を主な対象としており、精度そのものには踏み込んでいない。
FTCのアプローチはこれらとは異なり、「精度を意図的に下げること自体が消費者欺瞞になり得るか」という、より狭い問いを立てている。
※編集部の考察:EUのAI法第15条へのリンクは編集部が参考として追加したものであり、元記事に該当リンクは存在しない。
また、今回の声明案には重要な点が含まれている。州のAI規制に準拠していても、FTCの欺瞞規制からは免責されないという立場だ。たとえば州法上の要件を満たすためにAIの出力を調整した場合でも、その変更をユーザーに明示していなければ、FTCから欺瞞行為の指摘を受ける可能性がある。
現時点では「未採択の方針案」——FTCは沈黙中
時系列を整理すると、FTCが政策声明案を公開したのが2026年7月1日、パブリックコメントの締切が同年7月31日だ。そして本記事が参照する9月3日時点で、FTCは最終的な政策の採択時期や是非についていまだ何も発表していない。コメント締切から約1か月が経過した現在も、次のアクションは不明のままだ。
現状では、「精度の抑圧」はあくまで現FTCの考え方を示す記録に留まり、法的拘束力はない。この方針案が原案通り採択されるのか、コメントを受けて修正されるのか、あるいは未採択のまま棚上げされるのかは不明だ。
ただし、FTCはすでに自らの枠組みの中で「AIが純粋な精度以外の目標を優先する場合は明確に開示すること」を企業に求めている。法制化されていなくとも、この基準が将来の執行方針を示す指針になることは十分あり得る。
詳細はThe FTC Is Coming for AI's Honesty Problemを参照していただきたい。




