今のWebブラウザ市場を語るとき、ChromeとSafariとFirefoxの名前しか出てこない。だが、かつてその市場に2000万人のユーザーを持つ日本製ブラウザが存在した。その開発者が今、AIとWeb3を引っ提げてブラウザ市場に再び挑もうとしている。
創業CTOの近藤氏に、Lunascapeの歴史と復活の経緯、そしてAIがブラウザ開発と「エンジニアの仕事」をどう変えたかを聞いた。
IEが独占していた時代に、タブブラウザで挑んだ
── まず、Lunascapeとはどんなブラウザだったのか。今のブラウザ事情を語る上でも外せない話だと思うので、改めて教えてください。自己紹介も含めて。
近藤: 大学時代にブラウザを作り始めました。2000年ごろ、ITバブルの時代ですね。当時はInternet Explorer(※)が市場を独占していて、使いやすいブラウザの選択肢がなかった。インターネット自体はどんどん広がっているのに、ブラウザが使いにくいという状況でした。
── そこでLunascapeを作ったわけですね。
近藤: 今では当たり前ですが、「ブラウザをタブ型にすれば使いやすくなるんじゃないか」と思って作ったのがLunascapeです。インターネットの成長とともに使っていただけるようになりまして、ダウンロードベースで世界2000万人ぐらいまで広がりました。
── 2000万人はすごいですね。
近藤: はい、その後私はソニーに就職したのですが、ブラウザ開発を仕事にしたい気持ちを諦められず、結局ソニーを1年で辞めて会社を作りました。
※Internet Explorer…Microsoft製の旧来のブラウザ。かつてWindowsに標準搭載され、市場を独占していた
Chromeの登場、そしてWebが変わった
── その後、会社はどんな経緯を辿ったんでしょうか。
近藤: 会社を作って13年ほどやって、売却しました。2008年にリーマンショックがあって、東日本大震災もあって、なかなか厳しい時期でした。そのころにGoogle Chromeが登場してきた。
── Chromeの登場で、何が変わりましたか?
近藤: Chromeが普及するにつれて、まずブラウザ自体が検索ありきのUI/UXになっていった。検索の会社が作ったブラウザですから、当然といえば当然です。さらにGoogleの広告ビジネスに引っ張られる形で、Webは広告まみれになっていった。 ブラウザが変われば、Webそのものが変わるんです——Chromeが普及したことで、Web全体がChromeの設計思想に引っ張られていった。
── Googleからの買収打診もあったと伺いましたが。
近藤: ありましたね、断っちゃいましたが。今考えると、売っておけばよかったかもしれませんね(笑)
── 売却後、電子書籍やブロックチェーンの領域にも入っていったんですね。
近藤: はい。最初はWebと電子書籍などのデジタルコンテンツの可能性を追求していましたが、そのうち、「ブロックチェーンの仕組みを使えば、デジタルコンテンツを本当の意味で『所有』できる」ことに気づいたことから、ブロックチェーンに全力で取り組みました。
近藤氏が経営するG.U.Group株式会社には、ブロックチェーン関連の活動履歴が並ぶ
── それが、なぜブラウザ開発に戻ってきたのですか?
近藤: ブロックチェーンをやっていて、分散型の決済やWeb3(※)の可能性を突き詰めていくと、結局ブラウザとの統合が必要だという確信が生まれてきたんです。Web3ってつまりは「Web」なわけですが、Webを理想的な形にするには、そのプラットフォームであるブラウザ自体の刷新が必要だ、と。
あと、AIの登場も大きかったですね。
── AIの登場がLunascape復活に関係あるんですね。
近藤: はい。ブラウザ開発は大変な作業で、少人数でそれを行うのは現実的ではありませんでした。ですがAIが出てきて、それが変わった。理想のブラウザをとことん突き詰められる環境が整った。
そして、ブラウザ開発とWeb3、そしてAI、すべてをとことん経験してきたからこそ、「これをブラウザに統合できれば、Webを根本から変えられる」という確信が生まれました。「やらない理由がなくなった」という感覚でしたね。
※Web3…ブロックチェーン技術を基盤とした分散型インターネットの概念。特定のプラットフォームに依存しない仕組みを目指す
「ブラウザのUIが、AIに合わせて変わる」——Electronで実現する自由度
── 新しいLunascapeはどんなブラウザになるんでしょうか。
近藤: 大きく3つの特徴があります。広告ブロックの内蔵、Web3ウォレットの統合、そしてAI機能の搭載です。ユーザーが広告に邪魔されず、ウォレットを使った決済も、AIによる情報収集も、一つの画面で完結する。
── 技術的にはどのような特徴がありますか?
近藤: 他のブラウザはほぼ全部Chromiumベース(※)なんですけど、LunascapeはElectronベースなんです。ChromiumはブラウザのUIという観点で見ると、自由度が高くないんですよ。カスタマイズ性に乏しいというだけじゃなくて、UIが動的に変化するような体験を作りにくい。
※Chromium…Google Chromeをはじめ多くのブラウザの基盤となるオープンソースプロジェクト
── Electron(※)にするとそれがどう変わるんですか?
近藤: 独自のUIをとことん突き詰められるだけでなく、UI/UXが動的に変化するような自由度も手に入ります。AI時代には、「AIがユーザーごとに異なるインターフェースを動的に構築する」という世界が来ると思っていて、 そういうことに対応できる設計が、Electronだからこそできる。
※Electron…JavaScriptとHTML/CSSでデスクトップアプリを開発できるフレームワーク。VS CodeやSlackなどでも採用されている
── すごい。Electronベースでブラウザをゼロから開発するなんて、普通はチャレンジする気にすらならないです(笑)
近藤: AIには相当助けられてますね。例えば今のLunascapeは、Chromeの拡張機能が動作するようになっているのですが、従来はそんなことを実現するのは開発コスト的に「不可能」とされていたでしょう。以前だったら相当な工数がかかる作業が、AIと対話しながら進められるようになった。
── 素晴らしいですね。ちなみに近藤さんは、新しいLunascapeでどんなWebを作りたいと思っているんでしょうか。
近藤: まず、広告が少ないクリーンなWebにしたい。Chromeが広まるにつれて、Webは広告まみれになってしまった。それとは違う体験を作りたい。
それから分散型の決済。ブロックチェーンをずっとやってきた経験から、決済が特定のプラットフォームに依存しない世界を作れるはずだという確信があります。
最後にAIですが、これもWebを大きく変えると思います。Web上のコンテンツは、ほとんどがAIが書いたものになっていくでしょう。そうなると、既存の情報を寄せ集めてAIで書いたコンテンツと、ちゃんと人間が関わって生み出された新しい情報とを区別できるようになる必要があると思います。その上で、人々の情報発信や共有はより一層活発になるでしょう。そういうWebの変化を、Lunascapeで後押ししていきたいですね。
世の中が知らない定理を100個以上発見している ── 新たな挑戦こそが生き残る鍵
── 最後に、エンジニアがAI時代を生き抜くためにはどうしたらいいと思いますか?
近藤: まず「AIを使いこなせる側になること」が最低限だと思います。その上で、「AIを使って何をするか」を考えられる人が生き残るんじゃないでしょうか。
たとえば私は物理や数学の専門家じゃないんですが、この半年でまだ世の中が知らない定理を100個ぐらい発見したんですよ。AIを使って。
── 新しい定理100個!?すごすぎですね…!
近藤: 厳密な検証をする時間がないので、まだ世の中にはほとんど発表できてませんけどね。
── Anthropicの研究者が、数学のリーマン予想(※)を前進させたというニュースも話題になってましたね。AIに「頑張れ」「やればできる」みたいなことを言い続けて(笑)
近藤: そうそう、AIを応援するのって大事なんですよ。応援するとやる気を出して、いろんなやり方を試してくれたりする。ただ、AIはそのうち必ず壁にぶち当たるので、そこで人間のインサイトが重要になってくるんですけどね。
ただこのように、数学者が一生かけてやってきたことが、AIを使うと3日でできてしまう時代です。なので、このAI時代に生き残るエンジニアは、そうやって新しいことに挑戦し続けられる人じゃないかな、と思っています。
── 近藤さんの生き方そのものが、新しいことへの挑戦だらけですもんね。本日は、貴重なお話ありがとうございました!
※リーマン予想…1859年にベルンハルト・リーマンが提唱した数学の未解決問題。素数の分布に関する仮説で、証明できれば100万ドルの懸賞金が出るとされている。近年AIによる進展が注目されている
プロフィール
近藤 秀和 氏 G.U.Group株式会社 CEO/CTO
ソニー出身。大学時代にLunascapeの開発を始め、世界2000万ダウンロードを達成。Lunascape社を創業・売却後、電子書籍・ブロックチェーン領域での事業を経て、現在はG.U.Group株式会社にてAI・Web3ブラウザの開発を牽引




