9月18日、CNBCが「The U.S. says China's AI progress is down to 'distillation.' But is it that clear cut?」と題した記事を公開した。現代AIの根幹をなすTransformerアーキテクチャの共著者が、中国AIモデルを「ワールドクラス」と認め、「一部ベンチマークで米国の最高モデルを上回っている」と明言した。中国AIの進歩を「蒸留(distillation)」という一語で片付けようとする米国政府・企業の主張に対し、複数の専門家が疑問を呈している実態が詳しく紹介されている。
「コピーで追いついた」では説明できない中国AIの現在地
米中AI競争の文脈で、「蒸留(distillation)」という手法が論争の的になっている。蒸留とは、より高度なAIモデルの出力結果を使って別のモデルを訓練する技術だ。数億〜数十億ドルをかけて開発されたモデルの成果を、別のラボが競合製品の開発に流用できるとして、米国側はこれを事実上の「盗用」と非難してきた。
しかし、AIスタートアップCohereのCEO、Aidan Gomezは「中国の進歩のすべてがこの手法で説明できるわけではない」と述べた。
Gomezは2017年の論文「Attention Is All You Need」の共著者であり、ChatGPTやClaudeを支えるTransformerアーキテクチャの基礎を築いた人物だ。その彼が、中国のAIモデルを「ワールドクラス」と評価した上で、米国のリードは「急速に消えつつある」と明言している。
「中国はコピーしているだけ、蒸留しているだけ、ズルをしているという話が多かった。ある程度はそれも事実だ。しかし彼らは、蒸留とは独立した例外的な能力を開発している。それは、最新モデルが一部のベンチマークで最高の米国モデルを上回っているという事実が証明している。コピーや蒸留では、追いつくことはできても、上回ることはできない。」
— Aidan Gomez(Cohere CEO)
米国側の主張:「産業規模の蒸留キャンペーン」
米国政府とAI企業の主張は対照的に強硬だ。
Anthropicは今月、Alibaba・Moonshot・DeepSeekを含む中国の主要AIラボが「不正な蒸留」を使って自社モデルを訓練しようとしたと報告書で指摘した。DeepSeekは2025年初頭に高い推論性能を持つモデル「R1」を公開し、少ないコンピュートコストで米国モデルに匹敵する性能を示したとして国際的に注目を集めたラボだ。同社の脅威インテリジェンス責任者Jacob Kleinは、「Claudeや他のモデルへのアクセスを得ようとする闇のエコシステム全体が存在する」とCNBCに語っている。
米国サイバーセキュリティ・インフラセキュリティ庁(CISA)も今月、中国AI企業が「産業規模の知識蒸留キャンペーン」を展開しており、それが単なる補助手段ではなくAI開発戦略の中核を成していると警告している。
「蒸留」への疑問:チップ規制が生んだイノベーション
一方、Gomezだけでなく、複数の有識者が蒸留論に懐疑的な見方を示している。
元ホワイトハウスAI政策上級顧問のSriram Krishnanは、そもそもChatGPTやClaudeも「インターネット上の人間のコンテンツを蒸留して」作られたと指摘した上で、「蒸留はコンピュータサイエンスの基本的な手法だ」と述べた。その上で、仮に中国ラボが蒸留を使っているとしても、それが実際にどこまでモデル開発の向上に寄与しているか不明だとの見解を示した。
さらに注目されるのが、チップ規制が逆に技術革新を促したという分析だ。Counterpoint ResearchのパートナーNeil Shahは次のように語っている。
「チップ規制によって、中国の開発者たちはより効率的でスマートなアーキテクチャを構築し、少ないコンピュートで多くのことを成し遂げることを余儀なくされた。それを単なる模倣と切り捨てるのは、都合のいい政策論にはなっても、競争相手を根本的に見誤ることになる。」
— Neil Shah(Counterpoint Research)
中国はNvidiaなどの先端チップへのアクセス制限を受けながらも、自国の半導体開発を加速させている。性能面では米国チップに及ばないと専門家は見ているが、中国はさまざまな手法でその差を埋めてきた。DeepSeekのR1をはじめ、AlibabaのQwenシリーズなど、オープンな評価環境で高スコアを記録するモデルが相次いで登場していることは、単純な「蒸留依存」では説明しにくい技術蓄積を示唆している。
Gomezは「西側の政策立案者は中国の技術力を過小評価しているか」という問いに対し、「絶対にそうだ」と即答した。「中国がコピーをやめ、実際にイノベーションを起こしているという変化を、人々が認識するには時間がかかる」とも付け加えた。
その他のニュース(元記事内のニュースレター形式サマリー)
以下は同記事が併載している関連ニュースのサマリーだ。いずれも米中AI・半導体競争の周辺で起きているインフラ・労働力・安全保障上の動きであり、主題と通底するテーマを持つ。
- AnthropicとOpenAIが小規模AIデータセンター案件を探しているとCNBCが報道。インフラ確保競争が激化している。
- NvidiaのJensen Huang CEOが来年のチップ販売数を2倍にすると発言。
- 2030年までに米国の半導体労働者が最大15万7,000人不足するとの新たなレポートが公開された。
- AWSがバーレーンおよびUAEのクラウド施設へのアクセスを復旧できないと発表。これは、イランと周辺国・勢力との間で勃発した武力紛争(本稿執筆時点で継続中)の初期段階におけるドローン攻撃によってインフラが被害を受けてから、6か月以上が経過していることを意味する。中東地域のクラウドサービス提供に長期的な影響が生じている実態を示している。
「蒸留」という一つの手法が、米中AI競争の政治的文脈に乗せられ、実態よりも大きく語られている可能性がある。技術の問題であると同時に、政策と外交が絡む問題でもある。
詳細はThe U.S. says China's AI progress is down to 'distillation.' But is it that clear cut?を参照していただきたい。




