10月29日、ThoughtWorksのCTOであるRachel Laycock氏が「Why are good developers so wary of agentic development?」と題した記事を公開した。優秀な開発者ほどAIエージェント開発に慎重な態度をとる——その理由が「変化への抵抗」や「仕事を奪われる恐怖」ではなく、本質的な問いに基づいていることを、実験データと現場の経験から論じた記事だ。
「誰もこのやり方でシステムを本番稼働させた経験がない。どれだけ信頼できるのか?」——Laycock氏が指摘する、優秀な開発者たちの懸念の核心はここにある。
「ビルドできた」と「本番で動く」は別物だ
今の本番環境にあるシステムはほぼすべて、人間が手で書いたコードで動いている。「エージェント開発」(LLMが外部ツールを呼び出しながら複数ステップのタスクを自律的にこなす開発スタイル)で構築されたシステムが、本番で長期間安定して動き、変更に耐え、障害から回復できるかどうか——その実績がまだ誰にもない。
継続的インテグレーション、テスト自動化、継続的デリバリーといったプラクティスは、過去25年以上をかけて痛い目を見ながら培ってきた知恵だ。その知恵がエージェント生成コードにも通じるかどうかは、まだ不明である。Laycock氏はここに、優秀な開発者が持つ「正当な問い」があると主張する。
実験:1週間、コードは全部エージェントに書かせた
ThoughtWorksのヨーロッパ担当Regional CTOであるGiles Alexander氏は、シニアエンジニア・インフラコンサルタント・プロダクト担当者を集め、チーム全員がコードを一切書かない1週間の実験を行った。航空会社向けアプリケーションをエージェントだけで構築するという試みだ(詳細は「An Accidental Blackboard」を参照)。
興味深いのはチームの時間の使い方だ。⅔の時間をホワイトボードの前で過ごし、残り⅓をハーネス(テスト・コントラクト・アーキテクチャ検証・デリバリーパイプラインといった、エージェントが生成したコードを受け止める「骨格」)の整備に使った。ドメインの整理、境界の設計、エージェントへの指示の構造化——これらが人間の主な仕事になった。エージェントはチームの就業時間が終わった後もコードを生成し続け、最終的に最もフィーチャーコードをコミットしたのはプロダクト担当者だったという点も示唆に富む。
だが、ビルドは赤かった
アプリは動いた。しかしCIビルドは頻繁に失敗(レッド)し続けた。「自分のマシンでは動く」という、笑えないジョークが現実になった形だ。
Laycock氏はこれを深刻に受け止める。ビルドが常にレッドな状態では、本当の障害を見逃す。グリーンビルドが「安全の証明」でなくなる。継続的インテグレーションが25年かけて解決しようとしてきた不確実性が、そのまま再登場している。
原因として考えられるのは、並列稼働するエージェントどうしが変更を踏み合う問題、モジュール分割が不十分でエージェントが干渉し合う問題、変更速度がCIパイプラインの処理速度を超えてしまう問題——あるいはその組み合わせだ。
これは実験固有の話ではない。**DORA(DevOps Research and Assessment)の2025年レポート**(Googleが主導する、ソフトウェアデリバリーの能力と組織パフォーマンスの関係を継続調査するプログラム)でも同様の傾向が確認されている。AIの採用はデリバリースループットの向上と相関する一方、デリバリーの安定性の低下とも相関する。まさに継続的デリバリーとDevOpsが解こうとしてきた問題が、エージェント時代に再浮上しているかたちだ。
「未整備のゲレンデ」というたとえ
Laycock氏はエージェント開発の現状をスキーにたとえる。整備されたゲレンデ(従来の開発)であれば、インストラクターがいて、同じコースで何千人もが滑った実績がある。だが今は未踏の山岳地帯のバックカントリーだ。どのスキルが重要かもわからず、安全にゴールにたどり着いた人もほとんどいない。
Honeycombの共同創業者でありDevOpsのオピニオンリーダーとして知られるCharity Majors氏の言葉も引かれている。
「ステージング環境はただの豪華なラップトップ。本番だけが本番だ」
— @mipsytipsy
Built is not the same as working in production. ——これがこの記事の核心だ。
リーダーと開発者、双方への問い
Laycock氏は最後に両者へ宿題を出す。
リーダーへ: 開発者の懸念を「変化への抵抗」と決めつけず、実験の時間と失敗の許容を与えること。エージェントが生成したコード量で成否を測らないこと。
開発者へ: 経験から来る判断を実験の場に持ち込みつつ、従来の前提が通じない可能性を受け入れること。慣れ親しんだプラクティスへの執着が、逆に視野を狭める。
優秀な開発者が慎重なのは、ゲレンデを知らない初心者だからではない。未踏のルートを前に、正当な問いを立てているからだ。その判断力こそ、エージェント時代のソフトウェア開発が最も必要としているものだとLaycock氏は主張する。
詳細はWhy are good developers so wary of agentic development?を参照していただきたい。




