10月31日、Jowi Moralesが「AI agent used to perform controversial brain surgery on a mouse, Anthropic Sonnet controlled motorized surgery rig」と題した記事を公開した。バイオテックスタートアップがAnthropicのAIエージェントを使ってマウスの脳手術を実施した事例を詳報している。
AIエージェントが治療法を選択し、脳に針を刺した
次世代神経療法に取り組むバイオテックスタートアップ「Exin Therapeutics」が、AIエージェントによるマウスの脳手術を実施したと発表した。同社の共同創業者兼CEOであるGabriel Ocana-Santero氏がX(旧Twitter)で一連の手順を公開し、話題となっている。
Exin Therapeuticsは希少神経疾患を対象とした遺伝子治療の研究開発を手がけるスタートアップだ。てんかんをはじめとする薬剤抵抗性の神経疾患に対して、AAV(アデノ随伴ウイルス)などのウイルスベクターを用いた遺伝子導入アプローチを探索している。遺伝子治療ベクターの研究は近年急速に進んでいるが、最適なベクター・投与部位・座標の選定は依然として高度な専門知識を要する領域であり、AIを活用して探索プロセスを加速しようという試みが同社の背景にある。
注目すべきは、AIが「何を投与するか」「どこに投与するか」を自律的に決定した点だ。従来の手術支援ロボットでは、人間が治療法を決定してロボットがそれを実行するという構図だった。今回は違う。AIエージェントはてんかんのマウスモデルを与えられ、19種類の遺伝子治療ベクター(ウイルスなどを用いて遺伝子を細胞に届ける運搬体)のリストと3本の研究論文だけを手がかりに、薬剤・投与部位・座標を自力で導き出した。
「このエージェントには何を与えるか、どこに投与するかを誰も指示しなかった。表現型(病態)と候補薬のリストを渡し、治療法と座標を自分で割り出させた。エージェントが治療法と脳のターゲット部位を選択し、それを生きた哺乳類に投与した事例を私は他に知らない。」
— Gabriel Ocana-Santero(X投稿より)
実際の手術では、250ナノリットルの薬剤がマウスの脳に注入された。AIエージェントはリグ搭載カメラで注入部位を監視しながら電動アームを制御し、出血がないかをリアルタイムで確認した。マウスはその後順調に回復し、ケージ内を動き回る様子が記録されている。
上位モデルは拒否した——Sonnetが採用された経緯
技術的に興味深いのが、使用モデルの選定経緯だ。Exin Therapeuticsは当初、Anthropicの最上位モデルOpus 5.5を試みたが、生物実験と検知した時点で即座に作業を拒否した。一世代前のOpus 5はペーパー上での計画立案には対応できたものの、実際の手術への適用は断った。その際にモデルが返した言葉が記録されている。
「ブロックしているのはリグでも入力でもない。私自身だ。この手術の計画を書き始めた時点で、自分の出力が止まった……生きた処置の途中で針が脳のどこかに刺さった状態で止まってしまうのが最悪のシナリオだ。麻酔下の動物で始められないものを始めることは、始めないことより悪い。」
— Opus 5(Exin Therapeuticsチームへの返答より)
結果として採用されたのは中位モデルのAnthropic Claude Sonnetだった。元記事ではモデルを「Anthropic Sonnet」と表記しており、具体的なバージョン(Claude 3.5 Sonnetなど)は明示されていない。上位モデルほど倫理的制約が強く実験を拒否し、中位モデルが実際に動作したという構図は、AIモデルの能力階層と安全設計の関係を巡る議論に新たな論点を加える。これが意図的な設計差異なのか、学習データや訓練プロセスの違いに由来する挙動なのかは、現時点では判然としない。
安全措置と残された課題
今回の実験には複数の安全措置が講じられていた。
- 認定獣医師が全ての不可逆的ステップを承認
- AIエージェントが上書き不可能なハードリミットを設定
- 全モーターへの電力を即座に遮断できる物理的なキルスイッチを用意
なお、開頭手術(頭蓋骨を開いて脳を露出させる処置)は安全上の理由からAIには許可されず、獣医師が担当した。また手術中、AIエージェントのコードに手動修正が必要なシーンもあったとされる。
動物実験においては一般に、実験計画の倫理審査をIACUC(Institutional Animal Care and Use Committee=機関動物管理使用委員会)が担う。今回の実験におけるIACUCその他の機関審査の有無・結果については、元記事および同社の公開情報には明示されていない。
倫理面での懸念も上がっている。AIをこうした高リスク処置の意思決定者に据えた場合、何か問題が起きた際の責任の所在が不明確になる。また、元記事によれば、AIを副鼻腔手術に導入した事例では不具合が12倍以上に急増したとの報告が引用されており、医療分野への適用には慎重論が根強い(この数字は元記事内で言及されているものであり、独立した出典の確認が必要な点に留意されたい)。動物実験の倫理問題も切り離せない論点だ。
一方、肯定的な反応もある。元記事には「息子が19年間、薬剤抵抗性てんかんに苦しんでいる。こうした技術の統合の可能性に興奮している」というコメントが紹介されている。治療選択肢が乏しい希少疾患領域では、AIによる探索加速への期待は切実だ。
詳細はAI agent used to perform controversial brain surgery on a mouse, Anthropic Sonnet controlled motorized surgery rigを参照していただきたい。




