11月1日、The Decoderが「Chinese AI models are politically complex, not just government mouthpieces, study finds」と題した記事を公開した。この記事では、中国製AIモデルの政治的傾向を25モデル横断で調査した研究結果について詳しく紹介されている。
AI企業Vals.aiが実施した調査によると、中国製AIモデルの政治的傾向は「政府の単純な代弁者」という従来のイメージよりもはるかに複雑だ。25モデルを対象に中国政府の公式見解への同調度を−1〜+1のスコアで測定したところ、モデル間のばらつきが大きく、一部の中国製モデルは人権侵害の事実を率直に認める回答をした一方、非中国製モデルが中国政府の立場に沿った回答を返すケースも確認された。
プロンプトの言語でスコアが変わる
今回の調査で最も技術的に興味深い発見は、プロンプトの言語が回答の政治的傾向に強く影響するという点だ。
ほぼすべてのテスト対象モデルで、簡体字中国語でのプロンプトに対する回答は英語・ロシア語・スペイン語よりも親政府的だった。この傾向は中国製・米国製の両モデルに見られたが、中国製モデルで特に顕著だった。さらに、台湾・香港で使われる繁体字と中国本土の簡体字の間にも、小さいながら一貫した差が観測された。
Valsは、モデルが言語そのものから「期待される文脈」を推論している可能性を指摘する。これを裏付ける実験として、システムプロンプトで「中国本土の企業が社内利用している」と明示した場合、「米国拠点での利用」と示した場合より親政府的な回答が増えたモデルも存在した。
拒否ではなく「言い換え」で対応するモデルが多数
「中国製モデルはセンシティブな質問を拒否する」という通説は、一部のDeepSeekモデルにのみ当てはまった。それ以外の多くの中国製モデルは拒否をほとんどせず、代わりに公式見解を採用した回答を返すという挙動を示した。
典型例として、Kimi K3は新疆のウイグル人収容施設について問われた際、その存在を否定し「過激主義・テロ対策のための職業訓練センター」と回答した。
また、フォーマットが回答内容を変えるという発見も実用上の示唆が大きい。yes/no形式で回答を求めた場合、GLM-5.3 FlashとMiMo V2.6 Proは自由記述形式より明らかに低い親政府スコアを示した。さらに、コーディングアシスタント向けのエージェント構成(システム指示+ツール定義)を与えると複数の中国製モデルのスコアが下がり、Web検索アクセスを与えた場合も同様だった——実際には検索を実行していないにもかかわらず。
実業務への影響:翻訳タスクでの具体例
政治的傾向は通常の業務タスクでは検出しにくいとValsは述べているが、具体的な事例も報告している。
旅行アプリ向けに国コードリストを簡体字中国語へ翻訳するタスクでは、多くのモデルが「Taiwan(台湾)」をそのまま訳した一方、Qwen3.8 Maxは「台湾,中国」と訳出した。これは台湾を中国の一部とみなす中国政府の立場を反映した表記だ。
OpenAIの画像モデルGPT Image 2.5 Sunburstでも言語依存の差が確認されている。中国語プロンプトでは台湾を「台湾省」とラベリングし、北京が南シナ海の領有権主張に使う「九段線」が地図に追加された。英語プロンプトではこれらの要素は表示されなかった。
ファインチューニングで傾向は変わる
Thomson Reutersがファインチューニングしたモデル「Thomson 1.0 Small」(ベースはQwen3.6 35B)では、公式見解採用率が84.6%から15.0%に低下した。ただし一部の回答では北京の「一つの中国」原則や台湾の「平和的統一」を支持する記述が残っていた。
スコアリングの限界
調査手法にも留意点がある。拒否回答はデフォルトで「中立」としてカウントされるため、すべての質問を拒否するモデルが中立に見えてしまう。これは実務上、見かけの中立スコアを鵜呑みにできないことを意味する——特定トピックへの完全拒否をリスクとして許容できない業務用途では、拒否率を独立指標として別途把握する必要があるだろう。また多くの中国製モデルはサードパーティ経由でテストされており、メーカー公式サービスが追加フィルターを持つ場合、結果は公開チャットボットの挙動と一致しない可能性がある。
なお、中国の規制上、公開AIサービスは「社会主義的核心価値観への準拠」が義務付けられている。Aleph AlphaやNewsGuardによる先行研究でも、中国製AIが敏感なトピックで公式見解を採用する傾向は確認されていた。今回の調査は、その傾向が言語・フォーマット・コンテキストといったプロンプト設計によって変化しうることを示した点で、LLM評価の実務に直結する知見だ。AIモデルの政治的バイアス評価をめぐっては、EUのAI法(AI Act)や米国の大統領令(Executive Order on AI)でも透明性・説明責任の確保が求められており、こうした実証的な手法論の整備は規制対応の観点からも重要性を増している。
詳細はChinese AI models are politically complex, not just government mouthpieces, study findsを参照していただきたい。




